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            "title": "不法侵入者",
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            "content_html": "<p>著者：B. M. バウワー<br>訳者：望月ともたり</p><p>　手綱を緩ませて馬の首に掛け、注意深く景色を見渡したイデルは明らかにいらだちを隠せなかった。彼女の周囲では遥かな地平線まで延びる静まり返った褐色の放牧地が、穏やかに霞んだ日差しのもたらす靄に浸っていた。11月も下旬になるとこの土地で時折見られる光景だった。その多くがイデルの父親の焼き印を押されている放牧牛の群れは、丘をのんびりとうろつきまわるか、そうでなければ峡谷の底の方へのろのろと物憂げに歩いていた。東の彼方ではすみれ色や深紅の無数の影<sup><a href=\"#fn-1\" id=\"fnref-1\" title=\"モンタナ州の植生でよく見られるパープルクレマチスやスティッキーゼラニウムなどの紫色系統の花の群生を指しているものと思われる\">(1)</a></sup>が高く積み重なって、茶色い放牧地と青銅色の空とのあいだで漂っていたが、それも今まさに消え入ろうとしているようだった。非常におぼろげで現実離れした光景だった。ベアポー<sup><a href=\"#fn-2\" id=\"fnref-2\" title=\"モンタナ州北部に位置するベアポー山脈のこと\">(2)</a></sup>はこういう場所だった。<br>　彼女は後ろを振り返って一瞬ためらいがちに臭いをかぎ、再び前へ向き直った。遠くの草原で起こった火事の残り香が大気中に漂っていたが、あまりにも遠くなので気にも留めなかった。低く連なる丘陵と黄色く縁取られた浅い峡谷とを再び観察し、縦に真っ直ぐ下りた三本の道筋<sup><a href=\"#fn-3\" id=\"fnref-3\" title=\"羊は自分の前方の羊のあとをつけるように動く習性がある。したがって三つに分かれた群れが同じ方向に進めば、三本の線をまっすぐ引いたように足跡が残っても不思議なことではない。イデルはこの時点で羊の群れが近くにいることを確信したのだろう\">(3)</a></sup>のほうへ額を向け、意味ありげな仕草で手綱を引き締めた。馬のテンドイは怪訝そうに耳を交互に前と後ろに傾け、それから落ち着いて歩み出した。<br>　丘の麓に下りるとイデルはテンドイをゆっくりと走らせ、嗅覚に従って進んだ。本当は後をつけたくなるような心地いい匂いではなかったのだが。忘れもしなければ間違えるはずもない、それは羊の放つカビ臭い悪臭だった。臭いの来る方角からして羊の群れが立ち入り禁止区域で草を食んでいるものとイデルは判断した。ある谷間の下に広く浅い流れの小川があって、彼女は嗅覚神経が異議申し立てをするままに導かれ、憤慨してその方向へと進んで行った。その谷と小川の辺りをうろつく羊は許されざる罪を犯しているも同然だと彼女は考えた。谷は彼女の父親の所有地であり、父親は牧牛を飼育する牧場主だからだ。牛と羊が放牧地において相容れない存在であるというのは誰もが知っていることだ<sup><a href=\"#fn-4\" id=\"fnref-4\" title=\"西部開拓時代以来、牧牛業者と牧羊業者は放牧地で牧草を家畜に食べさせる権利をめぐって激しく対立していた\">(4)</a></sup>。<br>　谷の上から遥か下まで、そして小川のどちらの岸辺においても羊の群れがうろつきまわり、澄み切った水と厚く生い茂った草むらとを満喫していた。子羊たちはまだ成育途上だったが、丸みを帯びた体にしっかり巻き上がった毛をたくわえ、生きる喜びに満ちあふれていた。川岸のあちこちを駆け回って遠慮なく鳴きまくり、これまでも長きにわたって耐え忍んできた母親たちに耳障りなトレモロたっぷりの鳴き声を聞かせるのだった。<br>　イデルは歯をくいしばって子羊の群れへ向かって馬を走らせ、危うく羊飼いを踏みつけてしまいそうになった。汚れたスラウチハットを鼻まで深くかぶり組んだ両手を頭の下にして、羊飼いは薄暗い日差しのもと寝そべってくつろいでいた。彼女はテンドイを停まらせ、男を厳しい視線で見つめた。<br>　男は肘をついて起き上がり、問いかけるような目つきでイデルを見ると立ち上がって会釈をした。潔白を決め込んだ態度のずうずうしさに彼女は男をつかんでゆすぶってやりたいと思った。ただ彼はとても体が大きかったのだ。<br>「あなたがこの羊たちの世話をしてる張本人ね？」彼女は好戦的とも取れる調子で尋ねた。<br>「そのご光栄にあずかっている次第です」<br>　イデルはあらためて男を見つめた。彼は浮浪者のような──言い換えれば羊飼いにありがちな身なりをしていた。それでいてこんな話し方をするとは！<br>「だったら不法に侵入しているってことを承知のはずね。尾根のこちら側に羊が入ることは許可してないの」<br>「だったら尾根を柵で囲うべきだね」<br>「あなた、いい度胸してるじゃない！」彼女はカッとなり頬を真っ赤にした。<br>「いやあ、それほどでもないですよ！」謙遜する口調で彼は応じた。まるで彼女に褒められでもしたかのように。<br>　イデルは口ごもり、そのあいだ彼を睨みつけて大いに恥じ入らせようとしたが、あいにくただ彼をおもしろがらせただけのようだった。彼女はこの手の羊飼いのあしらい方をまったく知らなかったわけではない。羊をこの谷に立ち入らせないよう命令したのはこれが初めてではなかったが、当の羊飼いがたとえほんのわずかであれ笑わせるような態度を取ったり、公然と反抗の姿勢を示したりすることはこれまでになかった。以前なら抗議の言葉などなしに恐縮して立ち去ったものだった。ほかの誰もが知っているように、羊飼いたちも何が不法侵入にあたるのかを承知しているのが常だった。この男の自信ありげな態度に彼女の怒りは募っていった。<br>「この件を片付ける前にいくつか言っておくべきことがありそうね」と彼女は偉ぶって警告した。<br>「そりゃどうも！」彼は平然そのものといった様子で微笑んだ。<br>「あなたがなぜ羊の群れをこの<strong>うちの家族の</strong>谷まで連れ込んだのか教えてもらえる？」彼女は改めて切り出した。<br>　男はたわごとを聞かされて幾分心外だといった驚きの眼差しで彼女を見つめた。「そりゃ水を飲ませるためさ。羊だってときどき水を飲まなきゃ。そうだろう？」<br>「あら、それはごもっとも！　で、誰がここで水を飲ませる許可をあなたに出したっていうの？」<br>「誰も。誰かに聞いたわけじゃないからね」<br>「たぶんこういうことじゃないの？」彼女は皮肉を込めて言った。「土地の所有者が異議を申し立てるなんて思ってもいなかったんでしょう。事実を承知した以上、犬と一緒に羊の群れを連れて帰りなさい。今すぐに！」<br>　羊飼いは岩の上に腰を下ろし、自身の庇護のもとにある羊たちに愛情のこもった寛大な眼差しを向けた。「ああ、かわいそうに！　あの子たちがあなたの芝草を奪い取るだなんてわけがわからない。草の上であんなに楽しそうにしてるじゃないか」<br>「出て行かないつもり？」<br>「おやおや、もちろんだとも！　この谷で夜を過ごすつらさを想像してみてよ！　でも今この時間なら暖かくて心地いい。それに──ぼく疲れちゃったよ」<br>「わ、わたしはね、今あなたを叩きのめしてやりたいくらい怒ってるの！」彼女は馬を一歩近づけて羊飼いを見下ろし、甲斐無き怒りを募らせた。こんなに侮られるなんて──ただの羊飼いに！<br>　くたびれたグレーの帽子を後頭部まで押し上げ、羊飼いは落ち着き払って彼女を見やった。「本気なのかい？」彼は心の中でこの事態について人ごとのように考えをめぐらせている様子だった。「そりゃ変だな。なあ、僕は君を叩きのめしてやりたいなんてこれっぽっちも思っちゃいないよ。それに僕がちょうどうとうとしかけているところを君は邪魔したんだぜ。僕だっていきなり叩き起こされるのは嫌いだよ。僕はきっと──」と黙想に耽るように続けた。「まったくもって寛大な心の持ち主に違いないと自負してるんだ。これまで疑ったことなんてないけどね」<br>　イデルは唇を噛んだ。何が何でもこの男の愚かさを笑いものにして説き伏せてやるつもりだった。「あなた誰に雇われてんの？」と彼女はぶっきらぼうに尋ねた。<br>「エド・バージェスだよ」彼は関心なさげに答え、枯れた雑草をむしり取って親指で注意深く引き裂き始めた。イデルは彼の手がとてもきれいなことに気づいた──羊飼いにしては。<br>「じゃあ、あなたのこと報告するわね。バージェスさんは自分のところの羊飼いが他人の敷地を徘徊するのを許しはしないから。それに──」<br>「貧乏人から働き口を奪うなんて真似はしないだろうね？」彼は熱意のこもった眼差しで見つめた。あまりにもの熱意にイデルは目を逸らしたくなった。<br>「わたしのせいじゃないから。あなたが働き口を失うことになってもそれは自業自得。わたしが出て行くよう言ったら出て行かなきゃダメなの」<br>「でも僕にそんなこと言うべきじゃないよ」と彼は反論した。「考えてもみてよ、羊たちのことを。あそこでやってる鬼ごっこをやめさせろって言うのかい？」彼は弛緩した人差し指を向けた。「母親の周りを跳ね回ってるあの無邪気な幼い子羊たちを見てよ──」<br>「バカバカしい！　どう見たって母親と同じくらい大きく育ってるじゃない──それに、とにかくわたし羊が大嫌いなの」<br>「じゃあ、僕のことを考えてみてよ。あの幸いなる羊の群れのあとを追って、夜明けからずっとてくてく歩き続けてきたんだ。僕が脚の痛みをどれだけ耐え忍んだか知ってもらえれば──」<br>「知りたくない。どうでもいいから──あなた個人の気持ちなんて」さえぎってそう言うと、彼女はさらに頬を紅潮させた。<br>「僕にとってはどうでもよくないのさ。だから君を怒らせる危険を冒すことは正当化されると思う。僕の──えーっと──個人的な気持ちが収まるまでここに留まってもね」<br>　イデルは発作的に笑った<sup><a href=\"#fn-5\" id=\"fnref-5\" title=\"「君を怒らせる危険を冒すことは正当化される」（justified in risking your anger）という法的な権利の主張のような硬い言い回しが、汚い身なりの羊飼いには到底似つかわしくないものだったのでイデルは笑ったのだと思われる\">(5)</a></sup>ものの、自制してすぐに冷淡に怒りを募らせた。「残念だけど、あなたを強制的に立ち退かせることは出来ない。わたしが男だったらそうしてるでしょうけどね。ただ女だからって理由で調子に乗ってるんでしょう。うちの男たちの誰かをここに来させて退去命令を出して、あなたが立ち去るところを見届けることにしましょうか」<br>「いや、出て行くさ──しばらくしたらね。もし僕が君の立場だったら、わざわざ出て行かせるなんてことはしないよ。どのみち僕はクビになるだろうし、だからここにはそう何度も戻ってくるつもりはないさ」<br>「そもそも来るべきじゃないの！　あなたにはその権利がないの。も、もしまた来たら、パパが帰って来たときに言ってやるから。あ、あなたほど意地悪な男なんて見たことない！」<br>　男は悲しげにため息をついた。「なあ、あそこまで言われるほど何かひどいことを僕はしたのかな？」と哀れな口調で丘陵に向かって尋ねた。「彼女が言うことには、僕ほど意地悪な男を見たことがないんだって！　この僕が！　意地悪だなんて──」<br>「ああもう、モンタナでいちばん小賢しい男があなただってことは間違いないでしょう。あなたほどじゃなくてもこんな手合いの輩には二度と会いたくない。忠告しておきます。あなたの飼ってる汚らしくて臭い羊たちを二度とこの谷に連れて来ないように。さもなくば──」<br>「僕の羊じゃないよ」と彼は慌てて否定した。「所有者はエド──」<br>「誰のものかなんて<strong>わたし</strong>の知ったことじゃない」イデルは腹立たしくて泣きそうだった。「もし明日あなたがここに現れたら──」<br>「ありがとう。そうなったら嬉しいね。間違いないよ」羊飼いは立ち上がって帽子を掲げた。<br>「違う、来ちゃ駄目だって──絶対に！」彼女は衝動的に馬に鞭を入れて元来た方へと引き返し、即座に全力疾走で走らせながら、肩をそびやかしてことさら背筋を伸ばしてみせた。この姿勢は威厳を示すものである一方、素早く馬を走らせるときには決して快適なものではなかった。羊飼いの視界から外れたと感じるやいなや、彼女は姿勢を通常に戻すとともに痛烈な叱責の言葉をいくつか思いついたが、もはや遅すぎると後悔した。引き返してその言葉を浴びせてやろうかという気にもなったが、品位に欠けるとみなしてその衝動を抑えた。<br>　明くる日、馬に乗って出かけた彼女はほかでもないあの羊飼いの無礼な振舞いに終止符を打とうと決意した。あの男にたまたま教養があるからといって平然と土地の所有権を無視していいわけがないと考えたのだった。男に教養があることでむしろその振舞いについて余計に言い訳が立たなくなるはずだ。いずれにせよ、彼のような輩に羊の群れを率いる権利はない。どうしてあの男はもっと有意義な振舞いが出来なかったのか？　きっとひどく怠惰で向上心がないからに決まってる。あの汚い恰好がその証拠だ。<br>　立ち入り禁止の境界を区切る尾根の上に、ちょこちょこと走り回る二つの点を連れた動く灰色のかたまりが目に留まるとイデルは激昂した。あの男またしても！　きっとあまりにも馬鹿なせいで、行ってはいけないと女に言われたらむしろそこへ行くことが利口だと考えたに違いない。<br>　彼女は羊飼いのいる方へ進み始めたが、尾根までは1マイル以上あった。そこで馬を停めて考えることにした。羊飼いに笑われるだけだろう。ちょうど前日そうされたように。自分には癇癪を起こすほか何も出来ず、丸っきり理不尽な思いをするだけだろう。生意気な子供をあしらうかのように笑われて、そのあとは無視されるに決まってる。<br>　最初の不法侵入のあと彼が自重していたなら、あの無礼な振舞いを許せたかもしれない。しかし戻って来るならば──彼は間違いなく戻ってくるだろうし、そうでなければ尾根の上に登って来るはずがない。きっと羊の群れをこっそり谷の下まで追って、昼には小川のそばでキャンプをする予定に違いない。そんなことをもし許したならば自分には自尊心のかけらも残らないことになるだろう。取るべき道は一つしかない。それはあの男にしかるべき処置をすることだった。<br>　彼女は馬を引き返して家へ向かって急がせ、キッド・ブラントを探すことにした。身長が6フィート2インチ<sup><a href=\"#fn-6\" id=\"fnref-6\" title=\"約188cm\">(6)</a></sup>のキッドは、その背丈を支えるに十分な筋肉と強い意志とを持ち合わせていた。羊飼いは体格が大きく筋骨たくましく見えたが、キッドはもっと大きかった。それにキッドの気に入らないものが何かあるとすれば、それは羊飼いにほかならなかった。彼女はただ、ナインマイルの水隙<sup><a href=\"#fn-7\" id=\"fnref-7\" title=\"モンタナ州西部を流れる河川ナインマイル・クリークによって切り開かれた峡谷\">(7)</a></sup>で羊の群れが水を飲んでいると伝えさえすればよかった。あとはキッドが何とかしてくれる。<br>　キッドは言葉を発することなく、時間を無駄にすることもなく馬にまたがり、ふたりは連れ立って現場に引き返して行った。イデルは自分が同行することをことさら正当化しようとはしなかった。同行したいと思うから同行する。それで十分だった。羊たちは特に目だって境界へと近づいてはいなかったが、それでもあの谷から半マイルと離れていない尾根の上にいた。キッドが先導して尾根へと近づき、イデルはそのあとを黙ってついて行った。<br>「あの羊たち、まだ俺たちの土地に入っちゃいないぜ」とキッドが尾根を登りながら言った。「でも確かに境界のすぐそばで草を喰ってるな。もしお前の言う通りならこっそり尾根を越えて降りて行くに違いねえ」<br>「昨日と同じ羊の群れを昨日と同じ羊飼いが連れて来てるってこと」とイデルが請け合った。「昨日わたしが立ち去るように言っても、ただ笑うだけで動こうとしなかったの。まるでこの世の支配者にでもなったつもりなんじゃないかってきっと思うはず」<br>「今回は立ち去ることになるだろうぜ」キッドは険悪な顔つきで予想した。「それに肋骨が痛んで笑うことなど出来やしないだろう」<br>　イデルが同意して微笑んだものの、可愛い少女の笑顔というものに免疫のないキッドは眉を下げ、羊飼いに向かってまっすぐ進んで行った。くぼんだ丸石に坐ってくつろいでいた羊飼いはふたりに背を向けていた。口琴と思われる楽器を熱心に吹いていて自身の奏でる音色に浸りきっているようだった。<br>「おい、お前。羊たちにここで何をさせてるんだ？」とキッドが野蛮な挨拶をした。<br>　羊飼いは飛び上がって恥ずかしそうに口琴をポケットにしまうと、弁解するような顔をふたりに向けた。「俺はぁ羊たちにぃ草を喰わせてるんだよう」羊飼いは恥ずかしがりのスウェーデン人にしか出来ないような笑い方をしつつ、のろのろとした声でしゃべった。母なる自然が度を越えて寛大になり、この忌まわしき男に口を授けたのだと思えた。<br>　イデルは絶句し、慌ててキッドのほうをちらっと見た。しかしこの男は目下やるべき仕事しか頭になかった。<br>「お前はあの谷の下でこれまでずっと羊に水を飲ませていて、昨日はこのお嬢さんに警告されても立ち去ろうとしなかっただろう。ここでの習わしも知らなけりゃ分別も持ち合わせていないのか？　いちばん賢い選択肢はここからこそこそ出て行くことだぜ」<br>　羊飼いの笑顔は強張って深刻な面持ちになった。「俺はぁこそこそなんてぇしねえぜえ。谷で羊にぃ水を飲ませてなんかいねえしい。今までぇ胃の病気だったんだあ。この一週間はぁ仕事なんかしちゃいねえ。おめぇバカじゃねえのかあ」<br>　キッドは顔色が黒ずんだ赤みを帯び、今にも喧嘩を始めそうな勢いで馬から跳び下りた。「馬を走らせてちょっと離れたところまで行ってもらえねえかな、ネヴィンさん」と彼は言った。「俺の理解した限りじゃこのスカンジナビア人は我慢できないほど俺を侮辱しやがった。今からこいつをぶちのめしてやるぜ」<br>「そんなことにゃあならねえだろうなあ」彼はニヤッとした笑顔でのろのろとしゃべった。「俺はぁ胃の病気だったぁけどもお、それでもぉお前をぶちのめすことがぁ出来ると思うぜえ」<br>「おお、やるってのか？」キッドは不気味に落ち着いたままコートを脱ぎ捨てた。<br>「あなたに迷惑をかけたくないの、キッド」とイデルが気遣わしげに割り込んだ。「あ、あの人、別人みたい。わ、わたし勘違いをしちゃって」<br>「本当かよ？」キッドは不服そうに彼女を見つめた。「だったらもう少し早く間違いに気づいてくれてもよかったんじゃねえかな」コートを羽織った彼は気を悪くした様子で、イデルを直接なじっているかのようだった。<br>　イデルは手綱を引いてテンドイを動かした。言葉を発することも後ろを振り返ることもなく尾根を登り、群れからはぐれた羊たちを四散させながら走り去っていった。<br>　キッドは不機嫌な様子で馬に乗り、イデルが遠くまで走り去ったことを肩越しに確かめると、羊飼いに雪の降らないあの不浄の土地<sup><a href=\"#fn-8\" id=\"fnref-8\" title=\"未詳。イザヤ書1-18の「たとえ、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる」（聖書 新改訳2017）という主の言葉に由来するものだろうか？ 雪の降らない土地が不浄だという考えがキリスト教で一般的なものだとする根拠は見当たらないが、著者による純粋な創作だとも考えにくい。少なくとも当時のモンタナでは一般的に通用する考えだったのだろう\">(8)</a></sup>にでも行っちまえと手短に警告をした。それから馬の蹄の音をとどろかせて尾根を駆け下り、谷を渡って帰って行った。馬鹿げたいたずらによって自分が嘲笑の的となったように感じて自分の良心に問いかけた。イデルはどうして自分をこんな目に合わせるのだろうと。<br>　羊飼いは岩の上に再び腰を下ろし、自身の被った不当な仕打ちへの不満をぶちまけ、口琴を奏でて傷ついた心を慰めた。<br>　イデルは谷の縁のとりわけ急な勾配を馬に下らせていた。馬は急勾配を嫌うとともに進行方向を指示されることにも抗って歩みを遅くしていた。まるでどちらへ進めばいいかわからないかのようだった。イデルはこの時点で機嫌を損ねていた。前の日の敵がどこからともなく突然に姿を現して微笑みながら向かい合わせになると、彼女は明確に殺意を持った眼差しを向けた。<br>「おはよう」と彼はためらいつつも陽気に話しかけた。<br>「あなた、ちゃんと石鹸を使って体を洗って来たでしょうね？」イデルは意地悪くからかってみせ、頻りにしゃがみたがっていたテンドイの手綱をいらいらして引っ張った。<br>「見ての通りあの谷から出て行ったよ」と彼は落ち着いた様子で話を続けた。<br>　彼女は話に乗るのを拒んだ。<br>「それからクビになったよ」<br>　彼女は怒りに燃えた瞳で食ってかかった。「わたしのせいにするつもりなんでしょう」と彼を咎めた。「ほんと、わたしのせいだったならよかったのに」<br>「そうはいっても君のせいじゃないから」と彼は気楽に言った。「僕は臨時の雇われだったんだよ。いつもの羊飼いが病気になっちゃって──」<br>「わたし知ってる。その人胃の病気だったんでしょう」イデルは自分の眼が微笑むままに任せた。しかし唇がそこまで寛大になることは拒んだ。<br>「じゃあ君はあの人に会ったんだね」と彼は笑った。「あの人は羊を連れて君たちの谷へ入るような馬鹿な真似はしないよ。でも僕は無知だったせいで罪を犯してしまった。今や職を失ってその結果として無害な存在になったからには、君も僕のことを許してくれるよね、たぶん」<br>　イデルは彼を注意深く見つめた。「あれはただの不法侵入じゃなかったでしょう」と思い出させるように言った。「あなたの──失礼な振舞いに問題があったの。あ、あなた、ひどく不愉快な真似してくれたじゃない」イデルは自分が臆面もなく相手に譲歩しつつあるように感じた。でも、どういうわけか彼の眼はとても優しくて、それに──<br>「僕は独りぼっちで淋しかったんだ」と彼は厚かましくも主張した。「だから何とかして言い争いを長引かせようと努めたんだ。そうしなけりゃ君は馬に乗って立ち去ってしまっていただろう。必要なら君に叩きのめされてもかまわなかったさ。君を少しでも長く引き留めるためならね」<br>「あなた寝てたじゃない」と彼女は言い返した。それまで微笑んでいた瞳を煽り立てるように唇が言いつのった。「いきなり起こされるのは嫌いだって言ったでしょう？」<br>「僕が？」彼は自身の以前の発言を気にも留めないようだった。「僕はいろんなことをしゃべったと思うよ。羊を連れていたせいだよ。羊ってのは人を愚かにするんだ。君も知ってるだろう。もし僕がクビになっていなかったら──」<br>「それはお気の毒」と彼女は言った。「あなたに同情する義理はないけどね。働き口を探してるんならわたしのパパが用意してくれるかも知れない。でも羊飼いの仕事じゃないから。パパは冬のキャンプ<sup><a href=\"#fn-9\" id=\"fnref-9\" title=\"冬の厳しい寒さから牛を守るために牧場が行うキャンプ\">(9)</a></sup>を取り仕切ってくれる人を探してるの。ここから15マイルくらい離れた場所で」彼女はこう言いながら自分の懐の深さを大いに感じたのだった。<br>　彼は感謝しているように見え、少しおもしろがってるようにも見えた。なぜ彼がそんな様子なのか彼女にはわからなかったが。「出来ることなら君のお父さんに雇ってもらいたいよ。でもそれは無理だ。実は別の新しい仕事を見つけたんだよ、グレート・フォールズ<sup><a href=\"#fn-10\" id=\"fnref-10\" title=\"モンタナ州カスケード郡の都市。19世紀末に鉄道が開通して各種の産業が興り、人口が飛躍的に増加した。参照：https://www.bigskyfishing.com/Montana-Info/great-falls-history.shtm\">(10)</a></sup>のほうでね。明日行かなけりゃふいになっちゃうんだ。そっちの仕事に腰を据えたほうがいいだろうと思う。安定してるからね。それでも嬉しい提案だよ、ありがとう」<br>「たいしたことじゃないから」と彼女は言った。いまだに自分の懐の深さを感じていた。彼の返事に少しがっかりしてしまったことは死んでも打ち明けられなかっただろう。「ぜひともその安定した仕事に就かれることをお勧めします。グレート・フォールズにはたくさん友達がいて休暇はあちらで過ごすつもり。あなたもきっと羊の世話をするより向こうでの生活を気に入ることでしょう」<br>「君の言う通りだと思うよ、ええと──ねえ、こんなお願いは心底意外かもしれないけど、君の名前を教えてくれないかな？」<br>　イデルは例の立ち入り禁止の件を思い出し、自分の立場を高みに置いた。「わたしたちが再び顔を合わせることなんてないでしょう」彼女はにべもなく彼の願いをはねつけた。「自己紹介なんかしたって何になるのかわからない。わたしはあなたに立ち去るよう命じた女で、あなたはその命令を拒否した羊飼い」彼女は今や懐の深さと同様に自身の貞淑さをも感じた。その両者を併せ持つことで自分自身に大いに満足したのだった。<br>「だったらいいよ」と返した声にはあきらめの感情があった。「僕は自分の名前を君に教えるつもりだったんだけど、今はやめとくよ。君はむしろ知りたがってるんじゃないかと思うけど、今はどうあっても言うのをやめとこう。それから君の名前がイデル・ネヴィンだってことは知ってるんだ。ゆうべ知ったばかりなんだけどね」<br>「それがあなたのお役に立ったことを願うばかり」とイデルは怒りを燃え上がらせ、荒々しくテンドイの手綱を引いた。不意を突かれてテンドイはそれ以上急かされずとも何歩か進んでみせた。男はあとをついて来た。<br>「もちろん役に立ったさ」彼は愛想よく主張した。「名前を知りたくて、当然だけどそのために手段を講じたのさ。新しく何かを知るってことにはいつだって確かな満足が──」<br>「物事を学び続けるのはあなたの自由、お好きにどうぞ」とイデルはさえぎり、彼が手助けしようと近づく前にとっとと鞍に登った。「ひょっとしたら、他人の領分に関わらないすべをもそのうち学ぶんじゃないかしら」そう言って彼女はもう声の聞こえないところまで行ってしまい、二度と振り返らなかった。  </p><p>　イデルはルーサーズホール<sup><a href=\"#fn-11\" id=\"fnref-11\" title=\"ウィスキーの販売で財を成したMartin H. Lutherなる人物による建築物で、グレート・フォールズにおいて観客収容数の最も大きい施設だったようだ。参照：https://pre-prowhiskeymen.blogspot.com/2013/01/montanas-martin-luther-not-just-token.html, https://montanawomenshistory.org/champions/\">(11)</a></sup>のバルコニーの端に腰掛けたまま、落ち着きを取り戻しつつあった。インディアンの少女たち<sup><a href=\"#fn-12\" id=\"fnref-12\" title=\"モンタナ州フォート・ショーにあったネイティブアメリカンの寄宿学校の生徒たちからなるバスケットボールチーム。1904年のセントルイス万国博覧会で対戦したすべてのチームに勝利して世界チャンピオンとなった。ここでイデルが目にしているのは彼女たちの凱旋試合ということになる。参照：https://montanawomenshistory.org/champions/ , https://en.wikipedia.org/wiki/Louisiana_Purchase_Exposition\">(12)</a></sup>の20分に及ぶプレーを観戦したばかりだった。数多の州の代表を打ち負かしてチャンピオンとなったインディアンの少女たちは近隣の一流チーム相手に、バスケットボールのチャンピオンならではのプレーを実演して見せた。拍手をし過ぎてイデルの手のひらはヒリヒリと痛み、フォート・ショーの選手たちのつむじ風のようなプレーに血圧もはね上がっていたのだった。彼女の周りは興奮した称賛の歓声でいっぱいだった。なぜなら、フォート・ショーがここから何マイルか西に位置しているにせよ<sup><a href=\"#fn-13\" id=\"fnref-13\" title=\"実際にはフォート・ショーはグレート・フォールズから西に24マイル離れた場所にある。統計上の区分でグレート・フォールズに組み入れられているが、地理上は飛び地の関係にある。参照：https://en.wikipedia.org/wiki/Fort_Shaw,_Montana , http://www.4-hwesternheritageproject.org/fort-shaw.html\">(13)</a></sup>、グレート・フォールズの人びとは自分たちのチャンピオンに並々ならぬ誇りを持っていたからだ。<br>「今のは凄かったよね？」聞き覚えのある声が脇から尋ねてきた。<br>　イデルはすぐさま振り向いた。元もと恨みを抱き続けることなど出来ない性格なので声の主に笑顔で挨拶を送った。いとこのボブは会釈をして「やあ、ドンじゃないか！」と言うなり、すぐさま席を外した。<br>　不法侵入者はボブの坐っていた椅子にすぐさますべり込んだ。「いやもう、あのプレーは羊の群れを世話するのと同じくらい刺激的だったね」と冗談交じりに付け加えた。<br>「もしくは、決まりに従わない羊飼いの相手をするのと同じくらいじゃないの」とイデルが補足した。「今夜はあまり羊飼いっぽく見えないじゃない。元は羊飼いをしていた人だなんて思えないくらい──ほんとに」どういうわけか、彼女はここで羊飼いと遭遇したことにまったく驚きを感じず、むしろとてもよく知った仲であるかのような気がした。なぜだか説明はつかなかったが。<br>「ネヴィンさん」と彼は改まって言った。「僕が秘密の罪悪感を胸に抱いてから一か月以上にもなるんです。正確には5週間──5週間前の昨日があなたに会った最後でした。正直に言います。僕は身元を騙っていたんですよ、ネヴィンさん。あの日まで羊の群れの世話なんてしたことなくて、しかもあれは賭け事だったんです。エド・バージェスって奴のところにしばらく滞在してたんですが、エドが賭けをしたんです。僕が羊の群れを連れ出して、羊を見失うことも自分が迷子になることもなしに一日中世話をするなんて出来っこないって方に。賭けに勝ったのは僕でしたが、危機一髪でした。勝ちながらもなお最悪の結果を見る羽目になっていたかもしれないんです。あなたが僕に谷から去るよう命令しても、僕は動きませんでした。なぜなら犬たちに指示を出して動かすのが嫌だったんですよ、女の人の前では。だって、僕は犬の言葉を話すわけじゃないし、犬のほうも僕の言うことを理解できるようには思えなかったから。犬に何かさせるには、女の人には決して聞かせられない英語で長々と言い聞かせなければならなくって。それに僕はほかの国の言葉じゃ流暢に罵ることが出来ないし。あなたが所有してる谷にわざと羊の群れを連れ込んだんじゃないんです。ただ勝手に入って行っちゃっただけで。それで僕はあとについて行ったんですよ、その場を無事やりくり出来るかのようなハッタリをかまして。日が暮れた頃、犬たちが帰り始めて、それで僕もそのままあとについて帰ったんです。ハッタリをかましたままね。あの日以来ずっと思ってるんです。エドの賭け金を勝ち取ったのは罪に値すると」<br>「だったらどうしてわたしにそう言わなかったの？」彼女は許される限りの厳しさをもって尋ねた。<br>「いや、あのさ。羊の扱い方がわからないなんてことを初対面の若い女の人に向かって白状しろなんて無理があるでしょう？」と彼は主張した。「馬鹿げた話だけど僕の言葉を信じてほしいんです、ネヴィンさん。あの日は僕の人生で最も大変な一日でした。もっとも、そのあとであなたが──」<br>「だったらあなたが言ったここでの仕事って何だったの？」と彼女は即座に尋ねた。<br>「僕の仕事？　ああ、そうだね。えっと、僕はまだクビにはなってないんだよ。で、その仕事で生活を続けられるんだ」羊飼いは思い悩む様子を見せた。「結婚して奥さんを養うことだって出来るかも」<br>「何人養うつもりか知らないけど、奥さんを迎え入れるってのはとても高くつく贅沢でしょう」と彼女は取り澄ました顔で忠告した。「車を一台抱えるほうが安くつくって言われてるくらいだし」<br>「僕は結婚して奥さんを養ってみたいんです」と彼は言い張り、その瞳がイデルの頬を熱くさせた。一瞬の間を空けて「どこに滞在してるんですか？」と彼は尋ねた。「あなたを見つけるために街中探し回ったんですよ。たいして大きな街でもないけど。それでもあなたのことを知ってる人は一人も見つかりませんでした──今夜この時までは」<br>「あなた、どう見てもわたしのいとこのボブのこと知ってるでしょう」とイデルは言った。「わたしはこの町に来てまだ3日。サード・アヴェニューにいるボブの家族のところにご一緒させてもらってるの」<br>「明日の朝電話をかけるよ」と彼はきっぱり告げた。「君が早起きさんだったらいいんだけど。どうかな？　10時だったら──」<br>「バカじゃないの！」と彼女は笑った。「電話の話をする前に、少なくとも自分のことを誰かからまともに紹介してもらいたいって考えるのが普通でしょう」<br>　答える代わりに彼は振り向いてボブを手招きした。10フィート<sup><a href=\"#fn-14\" id=\"fnref-14\" title=\"約3メートル\">(14)</a></sup>ほど離れた場所をうろついていたボブはすぐさまやって来た。<br>「君のいとこに僕のことを紹介してよ」と不法侵入者が頼んだ。<br>「おい、何たくらんでやがんだ？」何かの罠かと怪しんだボブは突っかかるように言い捨てた。それでも彼の眼差しには抗えなかった。「しょうがねえなあ。イデル、こいつはドン・ロクレイっていう新進気鋭の若手弁護士さ。ほかの弁護士連中相手にさんざん勝ちまくってて、そのうち判事になるつもりなんだよ。それに街でいちばんデカくて真っ赤なやかましい音を立てて走る車を持ってて俺を2回轢きかけたんだぜ。家は北部でいちばんデカい人里離れた一軒家に住んでるんだ。それから──」<br>「もうそれでじゅうぶんだよ」と、紹介された方が断固としてさえぎった。「ここを離れてどこかに坐っててくれないか、それでなけりゃ立っててくれても構わないが。ネヴィンさんは君を必要としてないから」<br>「そりゃありがたい。俺は別に──」ボブは機嫌を悪くしてブツブツ言いながら立ち去った。<br>「さて、朝方に電話をするってことでいいかな？」とドン・ロクレイがささやいた。<br>「フォート・ショー！　フォート・ショー！」と観衆が喚声を上げ、耳をつんざくようにホイッスルが鳴り響くと、試合はインディアンの少女たちが最初の30秒で得点を挙げる形で再開した。<br>「いいでしょう──ただし、インディアンのチームが勝ったらの話ね」イデルは肩越しにそう言うと、決然として向き直って観戦に没頭した。<br>「フォート・ショー！　フォート・ショー！」とドンが吹き荒れる嵐のように叫んだのは、インディアンの対戦相手のゴールネットに再びボールが見事に沈んだときだった。「9時はちょっと早すぎるかな？」</p><p>＜了＞</p><section class=\"footnotes\">\n<h2>訳注：</h2>\n<ol>\n<li id=\"fn-1\">\n<p>モンタナ州の植生でよく見られるパープルクレマチスやスティッキーゼラニウムなどの紫色系統の花の群生を指しているものと思われる<a href=\"#fnref-1\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-2\">\n<p>モンタナ州北部に位置するベアポー山脈のこと<a href=\"#fnref-2\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-3\">\n<p>羊は自分の前方の羊のあとをつけるように動く習性がある。したがって三つに分かれた群れが同じ方向に進めば、三本の線をまっすぐ引いたように足跡が残っても不思議なことではない。イデルはこの時点で羊の群れが近くにいることを確信したのだろう<a href=\"#fnref-3\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-4\">\n<p>西部開拓時代以来、牧牛業者と牧羊業者は放牧地で牧草を家畜に食べさせる権利をめぐって激しく対立していた<a href=\"#fnref-4\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-5\">\n<p>「君を怒らせる危険を冒すことは正当化される」（justified in risking your anger）という法的な権利の主張のような硬い言い回しが、汚い身なりの羊飼いには到底似つかわしくないものだったのでイデルは笑ったのだと思われる<a href=\"#fnref-5\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-6\">\n<p>約188cm<a href=\"#fnref-6\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-7\">\n<p>モンタナ州西部を流れる河川ナインマイル・クリークによって切り開かれた峡谷<a href=\"#fnref-7\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-8\">\n<p>未詳。イザヤ書1-18の「たとえ、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる」（聖書 新改訳2017）という主の言葉に由来するものだろうか？ 雪の降らない土地が不浄だという考えがキリスト教で一般的なものだとする根拠は見当たらないが、著者による純粋な創作だとも考えにくい。少なくとも当時のモンタナでは一般的に通用する考えだったのだろう<a href=\"#fnref-8\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-9\">\n<p>冬の厳しい寒さから牛を守るために牧場が行うキャンプ<a href=\"#fnref-9\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-10\">\n<p>モンタナ州カスケード郡の都市。19世紀末に鉄道が開通して各種の産業が興り、人口が飛躍的に増加した。参照：<a href=\"https://www.bigskyfishing.com/Montana-Info/great-falls-history.shtm\" title=\"Great Falls History : A Short History of Great Falls, Montana\">Great Falls History : A Short History of Great Falls, Montana</a> <a href=\"#fnref-10\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-11\">\n<p>ウィスキーの販売で財を成したMartin H. Lutherなる人物による建築物で、グレート・フォールズにおいて観客収容数の最も大きい施設だったようだ。参照：<a href=\"https://pre-prowhiskeymen.blogspot.com/2013/01/montanas-martin-luther-not-just-token.html\" title=\"Those Pre-Pro Whiskey Men!:  Montana&#8217;s Martin Luther:   Not Just a Token Name\">Those Pre-Pro Whiskey Men!:  Montana&#8217;s Martin Luther:   Not Just a Token Name</a>, <a href=\"https://montanawomenshistory.org/champions/\" title=\"Champions: The Girls of Fort Shaw | Montana Women&#039;s History\">Champions: The Girls of Fort Shaw | Montana Women&#039;s History</a> <a href=\"#fnref-11\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-12\">\n<p>モンタナ州フォートショーにあったネイティブアメリカンの寄宿学校の生徒たちからなるチーム。1904年のセントルイス万国博覧会で対戦したすべてのチームに勝利して世界チャンピオンとなった。ここでイデルが目にしているのは彼女たちの凱旋試合ということになる。参照：<a href=\"https://montanawomenshistory.org/champions/\" title=\"Champions: The Girls of Fort Shaw | Montana Women&#039;s History\">Champions: The Girls of Fort Shaw | Montana Women&#039;s History</a>, <a href=\"https://en.wikipedia.org/wiki/Louisiana_Purchase_Exposition\" title=\"Louisiana Purchase Exposition - Wikipedia\">Louisiana Purchase Exposition - Wikipedia</a> <a href=\"#fnref-12\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-13\">\n<p>実際にはフォート・ショーはグレート・フォールズから西に24マイル離れた場所にある。統計上の区分でグレート・フォールズに組み入れられているが、地理上は飛び地の関係にある。参照：<a href=\"https://en.wikipedia.org/wiki/Fort_Shaw,_Montana\" title=\"Fort Shaw, Montana - Wikipedia\">Fort Shaw, Montana - Wikipedia</a>, <a href=\"http://www.4-hwesternheritageproject.org/fort-shaw.html\" title=\"Fort Shaw - &nbsp;4-H Western Heritage Project\">Fort Shaw - &nbsp;4-H Western Heritage Project</a> <a href=\"#fnref-13\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-14\">\n<p>約3メートル <a href=\"#fnref-14\">↩</a></p>\n</li>\n</ol>\n</section>\n\n<hr>\n\n<p>原文へのリンク：<a href=\"https://archive.org/details/sim_ainslees_1906-01_16_6/page/108/mode/2up\" title=\"Ainslee's Magazine  1906-01: Vol 16 Iss 6 : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive\">Ainslee’s Magazine  1906-01: Vol 16 Iss 6 : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive</a></p>",
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            "content_html": "<p>著者：B. M. バウワー<br>訳者：望月ともたり</p><p>　山道が岩場に沿って急転回し、チキータ<sup><a href=\"#fn-1\" id=\"fnref-1\" title=\"のちに語られるように、主人公ハナハンはこの「チキータ」からモンタナ州のチヌーク市までの牛の輸送を二日以内に終わらせる計画を立てている。「チキータ」と呼ばわる場所はモンタナ州の中には見当たらないが、コロラド州には Mount Chiquita がある。しかし、仮にこの「チキータ」がコロラド州北端だとして計算しても、チヌーク市までは700マイル以上離れているので、二日間で牛の群れを移動させるのは不可能。したがってこの「チキータ」はモンタナ州のどこかに設定された架空の地名だろう\">＊1</a></sup>の谷辺へ向かって不意な下降を始めるちょうど手前でハナハンは馬を停めた。その無雑作な挙動で図らずも砂煙を巻き上げたのは彼が思案に没頭していることの表れだった。<br>　遥か彼方の丘は小春日和の暖かさに黄色く霞んでいた。大気をちらつかせる熱波が人を白昼夢へといざなうほどだった。とはいえ、ハナハンは夢うつつだったわけではない──彼の眼差しはあくまで真っ直ぐ、ある意図をもって向けられていた。あたかもチェスに興じるかのように渓谷をチェス盤に見立て、眼下の平地を観察していたのだった。<br>　チキータ渓谷は牧畜業者にとっては楽園のような場所だったが、ある小規模な農家の支配する耕作地となっていた。平原に厚く生い茂った芝地は開墾されて灰褐色の畑となり、厚さ4インチの肥沃な土壌の下には上質の牧草が埋まっている。かつて野生の牛が自由に徘徊していた放牧地には長い金網フェンスが敷かれ、耕作地を格子状に切り取り、用心深く監視するかのように細い路地が取り囲んでいた。<br>　ハナハンは紋様の施された鞍のあおり革でマッチを擦り、気を取られたまま両手で火を覆った。彼の視線がたどった道のりの先では、不穏に蒼い水を湛えた川が切り込んでいた。その遥か向こうではくっきりと黄色い丘陵の斜面に褐色の縞模様が引き立って見えていた。<br>　馬のチントはためらいながら前脚を上げたものの、主人から前進の命令が出ないので機嫌を損ねて小麦粉のような目の細かい砂地に足を下ろした。首を曲げて非難がましく後ろを振り返り、左右の耳を互いにあべこべに向けた。暑さと疲労にやられていて、のどを潤してくれる冷たい川の水を渇望していたのだった。しかしハナハンが肺から煙草の煙を吐き出すほか微動だにしなかったので、チントは深く溜息をついてさらに待ち続けることにした。しばらくすると、下り坂を向いて垂れ下がっていた耳が注意を惹かれてピクリと動いた。もう片方の耳はのどを鳴らすハナハンを放置して前方に聴き入った。山道の視界を遮る岩場の向こう側を恐れてチントは両眼を瞠り、緊張で耳を硬直させた。ハナハンもまた本能的に警戒して谷間から目を上げて考え事をやめ、同じように耳を澄ませた。<br>　若い女が馬に乗って岩場を悠々とめぐって近づいて来た。初めは無頓着な様子でハナハンに一瞥をくれたが、すぐに何か関心を抱いたようだった。ハナハンは突然、胸に熱いものが込み上げてくるのを感じて、グレーの帽子を額から浮き上がらせた。<br>「おはよう。久しぶりに会った友人を追い払うなんてことはしないだろうね？」<br>「あら、ハナハンさん──ハッピーハート牧場のハナハンさんじゃないの！　どんな風の吹き回しなの？　あなた、イスラエルの土地のすぐそばまで来てるじゃない、ペリシテ人の身の上で<sup><a href=\"#fn-2\" id=\"fnref-2\" title=\"チキータ渓谷の農夫たちと牧牛業者たちとの対立関係を、古代におけるイスラエル人とペリシテ人の争いになぞらえている\">＊2</a></sup>」<br>「おっと、言いがかりはやめてほしいもんだな、コンラッドさん。俺は馬の前脚を境界に掛けて踏みとどまってるはずだぜ。それが一体どうしたってんだ？」<br>「あの辺りじゃカウボーイを歓迎する人なんていないってことくらい知ってるでしょう？」<br>　彼女は颯爽と手を振って眼下の低地を指した。<br>「あんた、個人的な意見からそう言ってるのかい？」ハナハンは煙草を投げ棄てた。<br>「わたしはイスラエルの民の立場から話をしてるの。まさにあなたみたいなカウボーイと遭遇する機会をみんなが願ってて、生きて帰すつもりもないんだから」<br>「その願いが叶うかどうかはすぐに答えが出そうだ。俺自身がその願いへの直接の回答ってことになるからな」恐怖とは無縁の口調だった。<br>　コンラッド嬢は笑った。「境界を越えてはだめ。もしあの川の浅瀬に近づけば、あなたにとって良いことなんて何一つないでしょう。みんなすぐそばで見張ってるし──それに前回のことでまだ気が立ってるから」<br>「前回っていつのことだ？　ビッグ・A. J.<sup><a href=\"#fn-3\" id=\"fnref-3\" title=\"ハッピーハート牧場で働くカウボーイのうち、今回のような牛の輸送に従事するカウボーイのチームに付けられた内輪での呼び名だろう\">＊3</a></sup>は今年はまだ動いちゃいないぜ」<br>「でもほかの牧場の人たちがすでにやらかしてるでしょ。それに牛飼いが絡むことにかけてはイスラエルの民は見境がなくなるの。日曜日の午後に牛の大群を率いた一行が道を下りて来たことがあって、それで軽率にもウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズ<sup><a href=\"#fn-4\" id=\"fnref-4\" title=\"暗殺された第25代の大統領ウィリアム・マッキンリーとその跡を継いだセオドア・ルーズベルトの名前を組み合わせたもの。時代はだいぶ後になるが、エラ・フィッツジェラルドによって1938年に歌われた F.D.R. Jones(Franklin D. Roosevelt Jones) という歌があって、当時のアフリカ系アメリカ人がこぞって時の大統領の名前を子供につけた世相を風刺したものとされている。なお、ジョーンズは単にありふれたラストネームとして付けられただけで、特定の個人を指しているわけではない。このウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズも同様の発想に基づいて名付けられたものだと考えてよければ、この人物は熱烈な愛国者、もしくは共和党支持者の親から生まれた子供ということになる。ただし、セオドア・ルーズベルトが広く名を馳せるのは早くても米西戦争で活躍した1898年だろう。したがって、その直後に生まれた子供であっても、この作品が発表された1905年の時点で7歳にしかならない。訳注6番も参照されたい\">＊4</a></sup>が自転車に乗ってるところに出くわしちゃって」<br>「その名前に驚いて牛の群れが暴走したんじゃないかな」<br>「まさか。ウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズが出向いて行ったけど追いつけなくて。牛の群れは現れると同時に出て行ったの。ハドリーおじいさんの小麦畑を突っ切って、そこから未亡人のマッコイさんのところの庭に入って行ったってわけ。マッコイさんに会ったことはあるの？」<br>「いや。でも噂なら聞いたことあるぜ」ハナハンはニヤリと笑った。「持病は癇癪で、子供は息子が一人いたよな？」<br>「そう。でも癇癪と息子のどっちが手に負えないかは意見の分かれるところかも。ただ、患っている癇癪の持病は一つでも、息子のほうは二人いるから。その二人がやることといえば、牛が山道を下りて来るのを見張るか、そうでなければ襲撃のチャンスが到来するのを待ち焦がれるか、ただそれだけ。ハナハンさん、この道を下りて行くのは考え直した方がいい」<br>「そいつらには俺が格好の獲物に見えるかな」ハナハンは新たに煙草の葉を器用に指で巻き上げながらつぶやいた。「あんたがどうしてチキータに住み着いたのか、まだ聞いてなかったな」とハナハンは、ふと気がついて尋ねた。<br>「学校で教えてるの。実家の近くじゃ教師の職は見つからなくて。お給料もいいし」<br>　ハナハンはため息をついた。「人は金のためなら何だってやるってことだな！　俺を見てみろ。たわいのない農夫どもを警戒してこんな所をうろうろ──」<br>「つまり、川の浅瀬を狙ってるってわけでしょ？」<br>「ああ、確かにあの浅瀬だ。山道に肥えた牛が1200頭待たせてあって、チヌーク<sup><a href=\"#fn-5\" id=\"fnref-5\" title=\"モンタナ州ブレイン郡のチヌーク市\">＊5</a></sup>にはあさって積み込むための貨車が用意されることになってる。絶対にあの浅瀬を渡ってやるさ──もし俺たちを邪魔するようなら、逃げ出す羽目になるのは土着の農夫どものほうだろうぜ」<br>「『もし』なんてことはないから。誰かがいつも見張っていて、谷の全域に警告を出す準備が出来ているの。作物はほとんど収穫済みで、家畜が殺到しても張り巡らされた柵が待ってるだけ」<br>　ハナハンはがっしりした肩を向けて指し示した。「あそこまで郡道が通っているじゃないか。それに馬鹿なモルモン教徒ども<sup><a href=\"#fn-6\" id=\"fnref-6\" title=\"モルモン教徒の伝統では自らを「イスラエルの民」とみなす考えがあるらしい。この小説でたびたび、カウボーイをペリシテ人に、チキータ渓谷の農夫たちをイスラエル人に例える表現が見られるのは、農夫たちがモルモン教徒の入植者だからということになる。参照：https://rsc.byu.edu/reflections-mormonism/israel-mormons-land また、チキータ渓谷の住民たちがモルモン教徒からなることをふまえると、先にコンラッド嬢の語った「ウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズ」にまつわる出来事の背景が読み取れる。まず、「牛の大群を率いた一行が道を下りて来た」のが「日曜日の午後」だったということは、すなわち警戒が手薄になっているかもしれない日曜日を狙ったということじゃないだろうか。キリスト教の一派であるモルモン教の信者ならば日曜日に教会へ行くのは自然なことであり、チキータ渓谷の住民たちがみな出払っているかもしれないと淡い期待を抱くのも納得のいくところだ。ウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズは訳注4番で説明した通り、7歳以下の幼児だと推測される。このウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズが自転車に乗っていた、つまり教会に行っていなかったのはまだ洗礼前の幼児だからということだろう。乗っていたのが自転車だったのは、まだ馬に乗れるほど成長していないからに過ぎず、本人は大人たちが教会へ行っているあいだ、自転車に乗ってパトロールをしていたということなんじゃないだろうか。だからこそ、この幼児はチキータ渓谷にとっての敵対勢力である「牛の大群を率いた一行」に遭遇しても、驚いて逃げるどころか逆に追いかけて行ったんだろう。「牛の大群を率いた一行」は自転車に乗った幼児を見て驚いて逃げだしたのではなく、かまわず川の浅瀬を目指して牛を急がせたんだろう。コンラッド嬢の説明が「未亡人のマッコイさんのところの庭」で終わっているのは、つまり浅瀬を含む広い一帯を所有しているマッコイ家の家人などが飛び出して来て「牛の大群を率いた一行」を追い払った、ということなんじゃないだろうか\">＊6</a></sup>がどれだけ立ちふさがろうが、ビッグ・A. J.は出し抜かれるような連中じゃないぜ」<br>　コンラッド嬢は真剣に同情を寄せる眼差しで彼を見つめた。「確かにそこの通り道は郡道だけれども、浅瀬はマッコイ未亡人が所有する半マイル四方の真っ只中にあるの」<br>　ハナハンがまぶたを伏せたことでコンラッド嬢は悟った。マッコイ未亡人が40人いたとしても、ハッピーハート牧場のハナハンを怖気づかせることは出来ないだろうと。<br>「どうやって渡るつもりなの？」と彼女は尋ねたが、危ぶんでいるのではなく、彼なら何とかして渡ってみせるだろうと思ってのことだった。<br>「さあね」ハナハンは陽気に言った。「でもな、水なしで40マイルの長丁場なんて無理に決まってんだよ。未亡人の居坐る浅瀬を迂回してロングホーン牛の大群を連れ回すなんて御免だぜ。それに貨車があさって到着することになってんだ。だから俺たちビッグ・A. J.もそれに間に合わせなきゃならん。ジミー・ナウス<sup><a href=\"#fn-7\" id=\"fnref-7\"  title=\"牛の群れを先頭で率いる隊長か、もしくはハッピーハート牧場の牧場主を指しているものと思われる\">＊7</a></sup>が覚悟を決めた時にはたいてい上手くいくんだよ」<br>　コンラッド嬢は物思いに耽りつつ、平穏な谷を見下ろした。<br>「あの人たちは牧畜業者をひどく憎んでるから」と彼女は言った。<br>「それに喧嘩することが何より好きなの、ダンスを除けばね」<br>「そりゃ俺のことだ」ハナハンが応じた。\n「この谷でダンスパーティーでもあれば良かったんだけど──」とつぶやく彼女。<br>「だったら」ハナハンが聞いた。「ダンスパーティーを開けばいいじゃないか」<br>「今夜？　急な話だし、レイジー街道まで行かなければ音楽の演奏なんて期待できないし──それにあそこの演奏お粗末だから」<br>「そうか」と応えたハナハンは熱意を込めて続けた。「もしあんたがこの辺りの田舎者たちを寄せ集めてくれるなら、演奏のほうは俺が手配しよう。俺の仲間にはギターとマンドリンを雷みたいにかき鳴らして弾く奴らがいるんだ」<br>　コンラッド嬢の瞳がきらめいた。ハナハンはいっそう深くまぶたを伏せた。<br>「準備が間に合うかな？」彼の声と目つきは大胆さを帯びていた。<br>「多分ね。今日は土曜でしょ？　まだ時間も早いし。無名の演奏家が事前の告知もなくこの谷に来演するための納得のいく事情をひねり出すことが出来れば──あなたの仲間って身元が知られてはいないでしょうね？」<br>「それは大丈夫だ。ゆうべ俺と仲間たちはここまで来て、下のほうにある屋敷のことで話をしたんだよ。地元の住民とな」ハナハンは鞍の上で体をずらして楽な姿勢を取り、思案に没頭した。ハナハンがこうする時は速やかに結果が出て、妨げとなる物はチヌークに降る雪のように溶けてしまうのが常だった。<br>「こうしよう！　俺はあんたのいとこのジャックだ」と、三分ほどのちに彼はひらめいた。<br>　コンラッド嬢は目を見開いて疑わしげに微笑んだ。<br>「ビートルがもう一人のいとこで、パロット・ティムは俺とビートルの手伝いで来てるってことにしよう。俺と仲間たちは牧場を探して地方を駆け回っていて──ハナハンは苦笑いをしてそう言った──それであんたの寄宿先を訪れるとする。そこであんたがさりげなく俺たちにしばらく留まるよう頼むってのはどうだ？　そのあとで近所の住民をちょっとした親睦目的のダンスに誘えばいいじゃないか──どうだい？　自然な段取りだと思わないか？」<br>　コンラッド嬢はいまだ疑わしげだった。「むしろ厄介なことになりそうね」と彼女は不平を訴えた。「いきなりいとこが二人いるってことにして、そのうちのひとりは博打も同然の大芝居に──ていうか大災厄に──おかしなくらい乗り気になってて、ましてもうひとりは今まで聞いたこともない他人でしょう？　それにそのビートルっていう名前。わたしカブトムシ<sup><a href=\"#fn-8\" id=\"fnref-8\" title=\"beetle（ビートル）はカブトムシやテントウムシなどの甲虫の総称\">＊8</a></sup>とかの昆虫って」彼女は憂鬱そうに締めくくった。「特に苦手なの」<br>「あいつのことなら大丈夫」ハナハンは請け負った。「きっと気に入るはずさ、みんなそうだからな。あいつはえくぼがあって青い瞳で、声がか細くて、ただ見た目が子供っぽいってだけなんだよ。カウボーイの格好をした女の子と見間違えても無理はないだろうな。それでもあいつの才能が本物だってことは確かなんだ。野生の馬を乗りこなすことだって出来るんだぜ。チャプス<sup><a href=\"#fn-9\" id=\"fnref-9\" title=\"足を保護する目的でカウボーイがズボンの上から着用する革製の覆い\">＊9</a></sup>を穿いたことのあるチビッ子であいつに敵う奴なんていないさ。あいつならやってくれる──俺はありとあらゆる手を尽くしてビートルを支援するぜ」<br>　コンラッド嬢は彼を訝しげに横目で見やった。「その人はお似合いの仕事をやってくれるんでしょう。あなたたちカウボーイがそう言うんならね。わたしはマッコイさんと一緒に食事をいただくことにしましょう」<br>「そりゃお気の毒だ！」ハナハンは本能的に鞍の上で後ずさりした。マッコイ未亡人は華々しい経歴の持ち主で、その名はこの地方で広く知れ渡っているのだった。<br>「夕食に間に合うように来てもらえる？」と彼女は提案した。<br>　ハナハンは太陽に向けた鼻に皺を寄せて考えた。「俺と仲間たちがその夕食にありつける見込みはあるのかな？　ビートルはいつもの時間にメシが喰えなくなるような不都合はお断りなんだよな」<br>　コンラッド嬢は彼を安心させた。マッコイ未亡人はこの渓谷で最も優れた料理人との名声を博していて、腹を空かせた旅人の来訪を何より喜ぶのだった。<br>「ただ一つの懸念は」コンラッド嬢が付け加えた。「あなたたちカウボーイが食べ過ぎて急性の消化不良を起こすかもしれないってことでしょうね」<br>　ハナハンの表情が感嘆の色合いを帯びた。「あんたとパロットが組めば暴言を吐いて人の注目を集めるいいペアになれるだろう。あいつが持って生まれついた言葉を駆使すれば寝てるプレーリードッグ<sup><a href=\"#fn-10\" id=\"fnref-10\" title=\"ここでなぜプレーリードッグが引き合いに出されるのかという疑問に対して参考になる一節が著者の別の小説 Her Prairie Knight にある。著者はプレーリードッグを単純に可愛らしい小動物だとは考えていなかったようで、第11章において主人公ベアトリスに、プレーリードッグのことを「最もずうずうしくて、やかましい生き物」だと述べさせている\">＊10</a></sup>を叩き起こしてビビらせてやることだって出来るんだぜ」<br>　コンラッド嬢は唇を閉じた。「わたしに何の関係があるのかさっぱりわからないんだけど──」<br>「褒めてるのさ。それともコンビ名を先に考えたほうが良かったかな？　言っとくが、パロットは学のある奴なんだぜ。プリンストン<sup><a href=\"#fn-11\" id=\"fnref-11\" title=\"プリンストン大学のこと。1746年創立の名門\"> ＊11</a></sup>だったか、どこかの知識を生産する工場に籍を置いているあいだ、放牧に出されることもなく敷地内で育てられたんだ。とにかく、あいつに押された学業修了の焼き印はそこら辺の牛に押すやつと同じくらい上等なのさ。年に一度くらいしか口を聞かなくて──だからみんなからパロット<sup><a href=\"#fn-12\" id=\"fnref-12\" title=\"parrot はオウムの意。オウムのなかには人の声を聞かなければろくに鳴かないものもいる\">＊12</a></sup>って呼ばれてるんだが──いったん酔いが回ればよく通る声でしゃべるんだよ。それに歌だって歌える。俺だったら夜中この辺りで最高のショーを観に行くより、見張りの番をしながらあいつの歌に耳を傾けるほうを選ぶぜ。機会があったら、あんたのために一曲歌わせてやるよ」<br>「そうだ、うちにマンドリンがあったっけ」と思い出したようにコンラッド嬢が言った。「それにマッコイさんの家にはバドが持ってる立派なギターがあるってこと忘れてた。誕生日にマッコイさんがプレゼントしたギターで、バドは同じ弦を続けてはじくことも出来ないくらい下手だっていうのに、大きな赤いリボンを蝶結びにして付けてソファの上に吊るしてるんですって。マッコイさんが言うには、そのほうが『洒落てる』からって。バドは気性の激しいボクサーみたいなタイプで、それが弟のパッツィーにも影響しているの。バドが暴力に訴えるときは、パッツィーのほうは恐喝を受け持つって感じで。パッツィーについては心配する必要ないでしょうけど──バドから目を離しちゃだめ」<br>　ハナハンは再びまぶたを伏せて、独り静かに微笑んだ。「その息子たちが俺のそばから離れないよう立ち回ることにするよ」とハナハンは約束した。「それから、あんたには大いに感謝してる。ああ、そうだった！　ビートルは闇夜に尾を引くほうき星みたいに噂をまき散らしている奴なんで、何か別の名前で呼んだ方がいいな。よし、あいつのことはエディーって呼ぶことにしてくれ。あいつはいかにも『エディー<sup><a href=\"#fn-13\" id=\"fnref-13\" title=\"エディーという名前が何を指しているのか結論としてはよくわからないが、一つの説を提唱しておきたい。この小説がパルプ雑誌に発表された1905年の時点ですでにアメリカで名声を博していた人物として、腹話術師のハリー・レスター(Harry Lester)がいる。彼は Frank Byron, Jr.という名前の付いた人形で腹話術を演じるとともに、のちに Broadway Eddie という別の人形も使用している。ハナハンが「エディー」という名前を思いついたとき、このレスターの二体目の腹話術の人形のことを念頭に置いていたんじゃないだろうか。この小説の後の場面でバド・マッコイがビートルを前にして doll-face という言葉を使って挑発していることもこの説を保証するもののように思える。また、この小説よりあとに発表されたものではあるけれども、1906年の著者の別の小説 Her Prairie Knight には主人公ベアトリスが腹話術でもってガラガラヘビの鳴く声を真似てみせる場面があって、著者の腹話術に対する関心のほどを覗わせて興味深い。ただし、この説には大きな弱点がある。実はYoutubeにある動画でハリー・レスター本人が腹話術の実演中に自ら「近頃フランクは引退せざるをえなくなって、それでブロードウェイ・エディという新しい人形を手に入れた」と語っている。Wikipedia の The Great Lester のページによればこのテレビ放送は1951年のものらしい。したがって、ブロードウェイ・エディが登場した時期を1905年以前にまで遡るとみなすのは無理があると言わざるを得ない。それでも捨ておくには惜しい説だと思える。参照：http://www.venthavenmuseum.net/images/galleries/gallery4.html , https://www.wxpr.org/arts-culture/2021-09-29/the-great-lester , https://www.youtube.com/watch?v=tVmXrz6iAlA , https://en.wikipedia.org/wiki/The_Great_Lester \">＊13</a></sup>』って感じの見た目をしてるんだが、たぶん本人にそう言ったら歯ぎしりするだろうな。俺たちとあんたは正午に合流することにしよう。ビッグ・A. J.はあんたの救いの手を大いに感謝することになるだろうぜ、コンラッドさん。それから実を言うと、素敵なご婦人向けの小柄でとびきり上等の斑毛の馬が一頭あるんだ。もしこの計画が成功したら、まちがいなくその後はご婦人と運命を共にすることになるはずなんだ。何としてでも成功させなきゃならないってことさ。もしチヌークへの到着が遅れようもんなら、ビッグ・A. J.は必死になって貨車の手配に奔走する羽目になるだろうよ。今年の秋は貨車が大幅に不足していて調達が難しいからな。それから──なあ、手助けしてくれるあんたのことを俺がどう思っているかわかってるだろう？」<br>　コンラッド嬢は彼の視線に気づいて頬を紅く染めた。「わたしはただ助けになれるのが嬉しいだけ。もうペリシテの人びとにすっかり情が移ってしまったみたい」<br>　口にすることはためらったものの、ハナハンは眼で多くのことを語っていた。やがて彼は事態が急を要していることを思い出した。<br>「正午までに仲間をイスラエルの野営地に連れてくとすれば、もう出発しなけりゃならないな。じゃあまた後で、コンラッドさん」<br>　コンラッド嬢は彼の姿が見えなくなるまで見送った。眼には優しげな光が灯っていた。チントが蹄を高く跳ね上げて走り去ったあとに砂煙が収まり、蹄の音が信仰を持って耳を傾ける者<sup><a href=\"#fn-14\" id=\"fnref-14\" title=\"マルコの福音書4-23やルカの福音書8-8などに見られる「聴く耳ある者は聴くべし」というイエスの言葉をふまえた表現だと思われる\">＊14</a></sup>にしか聞こえないほど微かになった時、彼女は振り返り、山の岩場のうねり曲がる道をハミングしながら引き返して行った。  </p><p>　ビートルは籐細工の大きなロッキングチェアに腰掛け、子供のように人を信頼しきった眼差しでマッコイ未亡人のマゼンタ色を帯びた容貌を眺めた。料理の腕前についての率直な賞賛と、無邪気で好感の持てる表情がすでに彼女を大いに喜ばせていたのだった。<br>「あなた従姉のジェニーにそっくりね」マッコイ未亡人が意気込んでそう言うと、ビートルはキューピッドの弓の形をした唇を曲げて微笑んだ。<br>「ジェニーの髪は僕より色が濃いですよ」彼ははにかみつつも、コンラッド嬢の濃い赤毛に目をやって異論をはさんだ。もしビートルが見た目同様に内気な男だったならば、見知らぬ若い女性をファーストネームで呼ぶことに躊躇していたことだろう、たとえそれが彼の演じる芝居の一部だったとしても。<br>「智天使ケルビムみたいに本物の金髪なのはあなたのほうよ」マッコイ夫人は断言した。「ジェニーの髪はもっと赤みがかってるわね」<br>　ちょうどその時ジェニーの頬が「赤みがかった」ので、ハナハンは背もたれの堅いソファの上で喉を鳴らし、マッコイ夫人の今の言い回しを拝借して将来自分で使う時のために記憶に留めておくことにした。<br>「演奏してよ、エディー」とコンラッド嬢が意地悪く名前の部分を強調して要求してきたのでビートルは内心動揺した。バド・マッコイのギターを持って来た彼女に向かって、ビートルはたしなめるように眉を下げ、ギターをパロット・ティムに手渡した。コンラッド嬢は誰がどの楽器を担当するのか確認し忘れていたのだった。<br>「君のマンドリンを持って来てくれたら試しに弾いてあげるよ、ジェニー」とビートルが言った。ハナハンが連れの若い男たちについて説明してくれたことを思い出して、コンラッド嬢は慌ててマンドリンを取りに行った。<br>　パロット・ティムはいつもの習性で一言も口を聞かなかった。それでもギターのチューニングを正確に済ませると、ビートルが試し弾きでかき鳴らす断片的なフレーズに耳を傾け、そのハーモニーにうなずいた。その後はただひたすら甘美な音色が鳴り響くのみだった。マッコイ未亡人は恍惚に凝り固まった顔に笑みを浮かべた。そこへバド・マッコイがやって来た。眉毛が黒く、首のずんぐりした容姿で、脇にパッツィーを従えて出入り口に立ったまま音楽に聴き入った。<br>「見事な演奏だったわね！」演奏が止むと、息せき切って未亡人が叫んだ。<br>「わたし踊りたくなっちゃった」衝動に駆られたかのごとく、狡猾に口走ったコンラッド嬢は、バドとパッツィーのほうへ横目で微笑みかけた。「さっきのワルツをもう一回やってよ、エディー。ここにいい男がいるんだもの」彼女は立ち上がってバド・マッコイに向き合った。両の眼で挑発していた。<br>　コンラッド嬢の口調の意味するところを汲んで、ビートルは先ほどからの反発を抑え込み、再び「波濤を越えて<sup><a href=\"#fn-15\" id=\"fnref-15\" title=\"英語では Over the Waves と呼ばれる非常に人気のあったワルツ曲\">＊15</a></sup>」の魅惑的な小節へと取り掛かった。コンラッド嬢から寄せられた好意のもたらす常ならぬ喜びに目をしばたたかせながらも、バドは彼女へ寄り添って腰に腕を回し、不器用にワルツを踊った。部屋中のありとあらゆる敷物が足蹴にされてだらしなく波打つまで踊り続けたのだった。<br>　ダンスの催す興奮がバドの体内で血管を伝って高まりつつあるのを感じたコンラッド嬢は、息を切らしながらハナハンの隣に腰を下ろした。<br>「勝利は目前だぜ」密かに彼がそうささやくと、コンラッド嬢は勝ち誇るように長い睫毛を伏せて応じた。おおむねのところ、かなり達者に仕事をやってのけたと感じていた。<br>　コンラッド嬢が未練ありげに微笑んでみせると、バドの普段のしかめ面は和らいだ。「今夜、俺たちでダンスパーティーを開いてみるのもいいんじゃないかと思うんだが。あんたたち大して急いじゃいないだろう？」誰がリーダーなのかを暗に悟ったバドの眼はハナハンに向けられた。<br>　ハナハンは計略のもと、煙草の葉の入れ物の上にうつむきながらためらってみせた。「出発しなけりゃならないんだよ、どうあってもな」男なら誰もが時折したがるのと同様、人を誘惑してみせる快感に耽りつつも、彼は交渉に取り掛かった。「俺たちは最近はやりの流儀でジェニーを訪問する以上のことは考えてなかったんだ」ハナハンが指先で煙草の巻紙をいじくって小さな筒形にするあいだ、コンラッド嬢をファーストネームで呼んだことにときめいて、彼の心臓は激しく鼓動した。<br>「それがどうしたっていうのよ？　人生は一度きりでしょ、それに」と未亡人が説得にかかった。「あなたがたに留まってもらえたならばとても光栄なこと。きっと最高の晩をお過ごしになれるでしょう。ジェニーだってあの独り身の──」<br>　ハナハンは譲歩しそうな気配を見せ、共謀中の仲間たちを問いただすように見つめた。その視線に応えるように、ビートルはハナハンの意向に従う旨を簡潔に述べた。コンラッド嬢はといえば、ハナハンにもたれ掛かって可愛らしくお願いしてみせ、全身の血が沸くほどのかつてない興奮へと彼をいざなった。ほとんど誘惑に屈して、かねてからの計画を実行出来なくなるんじゃないかと危ぶませたほどだった。<br>　夜更けまでは滞在することにしようとハナハンは約束した。そののちチヌークへ向けて夜通しの旅路につくことになるが、そこが自分たちの目的地であるとも付け加えた。差し障りのない限り本当のことを言ってしまうのがハナハンのいつものやり方だった。<br>　コンラッド嬢は早速、未亡人とともに部屋を出てケーキの支度などを手伝うことになった。バドとパッツィーは馬に飛び乗って近隣の住民に告知をするため出かけて行った。「先遣隊<sup><a href=\"#fn-16\" id=\"fnref-16\" title=\"牛の群れを率いるカウボーイたちとは別行動で、マッコイ未亡人の屋敷に潜入しているハナハン、ビートル、パロット・ティムの三人のこと\">＊16</a></sup>」は正面入口の踏み段に腰を下ろし、キッチンのふたりを楽しませるために美しい旋律を奏でつつ、煙草をたびたび吸って時が過ぎるのを待った。<br>　日差しが衰え、太陽が丘の向こうへ隠れると、風もまた衰え、静まった。ゆっくりと漂う雲は月を覆い隠し、闇に包まれた静かな夜のきざしを見せた。<br>「馬にじゅうぶん喰わせといたほうがいいぜ」とビートルがハナハンに言った。乗って来た馬に餌をやろうと柵囲いまで連れ立ってやって来たのは、雲向きが怪しくなって急に逃げ出す必要に迫られたときに備えて馬に鞍を付けておくためでもあった。<br>　ハナハンは踊り手たちへの「コール<sup><a href=\"#fn-17\" id=\"fnref-17\" title=\"スクエアダンスのコールのこと。スクエアダンスでは、コーラーと呼ばれる者が、曲に合わせて次つぎと踊り手たちにステップの指示を出し、踊り手たちはその指示に従って臨機応変にステップを変えることになっている。その一つ一つのステップの指示が「コール」\">＊17</a></sup>」を受け持つことになっていた。<br>「肝心なことはな」ビートルは続けた。「ダブルエルボーとパートナーにシャッセを何回もやるってことだ。それとコーナーにスウィング<sup><a href=\"#fn-18\" id=\"fnref-18\" title=\"「ダブルエルボー」「パートナーにシャッセ」「コーナーにスウィング」のいずれもスクエアダンスのコール。スクエアダンスは時代や地域によって実際にコールの指示するステップの内容が異なっていて、正確にこの時代のモンタナで行われたスクエアダンスのコールが何を指示していたのかはよくわからない\">＊18</a></sup>もな。8時を回ったらコンラッドさんに衣装を着てもらうんだ。谷の住民が許容する限界の際どいやつをさ。夜のうちに評判が派手に広まるだろうぜ」<br>　ハナハンの歯が夕闇に白く浮かんで見えた。手袋をはめた手を伸ばして可愛がるようにビートルの肩を叩いた。<br>「了解だ、金髪坊や」と優しくささやいた。<br>　ビートルは動揺を抑えきれずに恥ずかしがり、力いっぱい罵った。その時の顔は特に智天使ケルビムに似てはいなかった。<br>「クソっ、あのババアのせいで」と吐き捨て、機嫌を損ねて屋内へ戻ったが、その不機嫌も5分と続かなかった。<br>　午後8時には谷あいに住む男も女も子供たちも皆、マッコイ未亡人の屋敷に集い、期待に胸を膨らませてダンスパーティーの開始を待ちかねていた。<br>　午後9時にはクルクルと回って踊る人影が広いリビングルームに満ち溢れ、その人波はキッチンにまで及んでいた。あいだの出入り口に立っていたハナハンは両方の部屋へ向けて同時にコールを出していた。ビートルとパロット・ティムはテーブルを出入り口近くに寄せ、その上にイスを載せて腰掛け、踊り手たちを見下ろしつつ、落ち着いた顔つきで慌ただしく楽器を弾きながらも、差し迫った危機を感じて心は浮足立っていた。<br>　遥か遠く離れた段状の斜面には、ゆっくりと動くしみのような影が着実に谷の麓へと降りつつあった。おぼろげに縁どられた人影があちこちで馬を進ませ、谷底の境界線をチラチラと瞬かせていた。広がった数多の鼻孔から吐かれる熱い息が静寂の中、神秘的に立ち昇り、乾いた芝草のはじける微かな音が、平原の芝地を踏みしめる5000の蹄<sup><a href=\"#fn-19\" id=\"fnref-19\" title=\"ハナハンの発言にあったように、輸送を担うビッグ・A.J.が引き連れている牛は1200頭。1200頭の牛の蹄は4800。5000から4800を引いた残りの200の蹄が、牛の群れを誘導するカウボーイたちの乗る馬50頭のものだというなら計算が合うことになる。しかし、そこまで大勢のカウボーイを動員しているとは考えられない。「約5000の蹄」ということではないか。参照： https://en.wikipedia.org/wiki/Cattle_drives_in_the_United_States \">＊19</a></sup>の重く鈍い足音と混じりあった。<br>　午後10時になると、ビートルはマンドリンを置いてコートのポケットから赤い箱に入ったハーモニカを取り出し、ハナハンに何かささやきながら手渡した。そして自分はこっそり屋外へ抜け出して、ひんやりとした闇のほうへ向けて聞き耳を立てた。<br>　甲高くて鋭い、甘いメロディーのマンドリンが聴衆の喧騒を凌ぐほどに鳴り響いた頃には、ハナハンはもう息を切らしていた。ビートルの頬には赤みがかった斑点が見え、瞳は危険な状態の時だけ帯びる濃い紫に変色していた。目ざといパロット・ティムがその兆候に気がつき、ビートルのほうへ体を寄せてもの静かな灰色の眼で問いただした。<br>　ビートルは問いかけに答える代わりに、えくぼのある顎を半インチ足らず下げてみせた。それからハナハンのほうを向いた。<br>「さあ、派手にかましてやれ」と声をひそめてビートルが促す。「激しいやつを──最高に激しくて長いやつをさ」<br>　ハナハンは退出してキッチンへ行き、くたびれた喉に新鮮な湧き水を1クォート<sup><a href=\"#fn-20\" id=\"fnref-20\" title=\"約1リットル\">＊20</a></sup>近く流し込み、それから仕事に──その晩の本当の仕事をやりに戻って行った。<br>　マッコイ未亡人は白髪頭の髪の房が目に垂れかかるほど踊り続けて、今にも脳卒中を起こしそうな様子だったが、ハナハンは容赦なかった。コンラッド嬢は頬を紅潮させ、乱れた着こなしのまま恨めしそうにハナハンのほうへ目を向けたが、彼の半ば閉じたまぶたと落ち着き払った眉の意味するものを悟り、責め立てるどころか逆に微笑んで鼓舞してみせた。風に舞う木の葉のように旋回しながら微笑んだのは延々と続くリフレインの真っ只中だった。「バランス、スウィング！──アレマン・レフト、パートナーにシャッセ、バランス──スウィング！　アレマン・レフト、右手をパートナーに、それからダブル・エルボーでグランド・ライト・アンド・レフト──バランス、スウィング！<sup><a href=\"#fn-21\" id=\"fnref-21\" title=\"バランス、スウィングに始まるカタカナ語はすべてスクエアダンスのコール。正確なところはわからないが、少なくとも「スウィング」は旋回を伴うステップ、「ダブルエルボー」は左右の肘を交互にパートナーと組んで行うステップのようだ\">＊21</a></sup>」<br>　人を信じて疑わないチキータの土壌に住まうこの農夫たちに課せられたダンスの激しさは途方もないものだった。一組の踊り手のペアが疲労困憊して最寄りの座席までたどり着いたときには、とうとうマンドリンの絃が切れ、交換のために演奏を中止することとなった。その時、ハナハンがしわがれた声で待ちかねていた号令をかけた。「オール・プロムネード！──どの向きに行進するかはわかってんだろうが、どこへ行こうが俺は気にしないぜ！」<br>　と言いながらも、彼にとって気にせざるを得ない出来事が起こった。心中に不安がよぎったのは、長い体躯を扉の枠にもたれ掛けさせ、両手をポケットに深く突っ込んで、自然な姿勢でくつろいでいた時のことだった。よろめきながら夜の闇へ向かって歩いていくバド・マッコイの姿を目撃したのだった。<br>　ダンスのパートナーがコンラッド嬢だったことを思えば、バドの頭がクラクラしていたのは、延々と続いた目のくらむようなスウィングだけが原因ではなかった。彼はいまだに痺れるような興奮を肩に感じることが出来るはずだ。何しろ、あの息を呑むような最後の旋回の最中に、コンラッド嬢はその赤みがかった金髪の頭をほんの一瞬バドの肩に載せて休めたのだから。<br>　ビートルは切れた絃の上に覆いかぶさるように頭を垂れた。外から見た限りでは、絃の修繕に没頭しているようだった。ハナハンはビートルの耳元に口を寄せた。<br>「お前が外に出ていた時、あっちの仲間はどこまで進んでたんだ？」と用心しながらささやいた。<br>「ちょうどそこの畑に入って来るところだったぜ。今頃はほとんど通り抜けてるはずだ。なあ、さっきのハーモニカを吹いててくれねえか？　谷の住民を屋内に引きつけておかなきゃならねえ」<br>「バド・マッコイがいま外に出てんだよ」<br>「あのクソ野郎、なんだってこんな時に！」と悪態をついた智天使ケルビムは、イスの上で不安気にそわそわした。「雲行きが怪しくなってきたってことだな。あいつが──」<br>　バド・マッコイの声が吼える闘牛のように部屋中にとどろいた。「おい、野郎ども！　浅瀬に牛の群れがいるぞ！」<br>　直後、部屋じゅうが蜂の巣をつついたかのように騒然となった。大勢が蜂の大群のようにドアに殺到したのでかえって退出に手間取ることになった。マッコイ未亡人の怒号は谷の住民のどよめきを凌駕して響き渡った。<br>　先遣隊はキッチンまでたどり着き、裏口から脱出して馬小屋へ突進した。その後に続いたのは、憎悪をつのらせ悪態をつく「イスラエルの民」の集団であり、バドとパッツィーがその先頭にいた。<br>　遠方の暗闇から響いてくるのは、浅瀬を渡る何頭もの動物が立てる水しぶきの音、それに加えて遥か先で坂道を上る大群の混然とした鳴き声だった。<br>　隊長の大きな叫び声が聞こえたかと思うと、続いてはっきりとした口調で命令が下され、真っ暗な闇を通って響き渡った。「牛を急がせろ──農夫どもがやって来るぞ！」<br>「ここで10分足止めすることさえ出来ればな──」ハナハンは気遣わしげにうめいた。<br>「奴らをしばらく釘付けにしとく罠を俺が仕掛けといたぜ」ビートルが息を切らしながら慎重に声をひそめて言った。<br>　バド・マッコイが手近にいた馬までたどりつき、鐙をつかんだが、それはデイブ・ハドリーの馬だった。馬にまたがって星空を背にした黒い影は一息置いて鞍から降り、うろたえた。<br>「鞍に何をしやがった？」彼は誰ともなく尋ねた。答える者はいなかった。ほかの者たちもあとに続き、形は違えど同じ問いかけを繰り返した。馬たちは抗議するかのように鼻を鳴らし、乗り手を拒んでうろうろ歩き回り始めた。<br>　混乱の中、何者かが突然笑い出した──悪戯をして子供っぽくはしゃぐような、ことの成り行きを意に介さない笑い声だった。バドは激怒してその声に振り向いた。<br>「笑ってんじゃねえ！　牛飼いどもとグルになってる奴がいるはずだ。鞍を全部後ろ前に付け替えたのは誰だ？　お前か？　お人形さんみてえな顔してクスクス笑いやがって、この糞ガキが！」声は唸る動物さながらだった。バドは手を握りしめたかと思うと、不気味にもそれを引っ込めた。<br>　ビートルは笑うのをやめ、その細身の体を伸ばした。彼のこぶしがドスンと音を立てると、不意を突かれたイスラエルの民のリーダーを殴り倒していた。<br>「正々堂々と相手をしてやれ、ビートル！」ハナハンが背後から叫んだ。「お前なら勝てるさ」<br>　パッツィー・マッコイは物陰で地団太を踏みつつ、異様な脅しの文句の数々をわめき立てていたが、それも長い腕を悠々と伸ばしたパロット・ティムに襟をつかまれ荒々しく揺さぶられるまでのことだった。その時、ハナハンが馬を解き放とうとしているのを誰かが見咎めたが、あとはただ腕と脚と品の悪い言葉が柵囲い<sup><a href=\"#fn-22\" id=\"fnref-22\" title=\"場面が馬小屋からいつの間にか柵囲いへと変わっているが、これは仕切りがあって狭く暗い馬小屋から、隣接する柵囲いへ自然に流れ出たということだろう\">＊22</a></sup>の中を飛び交うだけになった。<br>　勃発中の戦闘への参加を差し控え、馬から鞍を取り外すことに甘んじる賢い者たち、すなわちビートルが前もって仕組んだ妨害策によってホーン<sup><a href=\"#fn-23\" id=\"fnref-23\" title=\"鞍の前方に据えられた突起で、投げ縄をするときにロープの端を巻き付けたり、あるいは乗り手がバランスを取るために手でつかむなどさまざまな用途に用いられる。通常、前方へ鉤状に曲がった形態をしている\">＊23</a></sup>が後方へ鉤状に向けられていた鞍を、生産者の意図した通りの自然な向きに付け替える作業に徹する者たちもいた。そのせいでかえって、どの馬も例外なく神経過敏を悪化させることとなったので作業は捗ることがなかった。<br>　パロット・ティムは着ていたコートをなくしたものの、もがきまわってなんとか手足が自由になった。そこで、のたくる人間の積み上がった山の中からビートルを引き当てるまで手探りの捜索を続けた。いい頃合いに助けが来たことで表に引き出されたこの若者は、意外にもさほど疲労していなかった。ビートルは山積みになった農夫たちを満足気に眺め、こちらが自由の身になったことに気づいていないと見て取ったが、それでもかまわず、見境なしに力いっぱいの殴り合いを続けることにした。<br>　こっぴどくやられはしたものの、意気揚々とした先遣隊の三人は二分後、平穏を取り戻したチキータの川で水しぶきを上げながら進んで行った。そして向こう岸で足を停め、マッコイ家の柵囲いから聞こえてくる騒ぎの音にしばし耳を傾けたのち、馬を走らせて去って行った。<br>「もしジミー・ナウスが今夜のお礼として、ジェニー・コンラッドにあの斑毛の小馬を譲ることに同意しないなら、何か埋め合わせをしなけりゃならないだろうな」と、丘を登りながらハナハンが言った。「お前ならどうするよ？　金髪坊や」<br>「おい、その呼び方やめろ！」とビートルが怒鳴った。「バド・マッコイには二度と『お人形さんみたいな顔』なんて言わせねえぞ。言い終わる前に殴り倒してやるぜ」<br>　パロット・ティムはあごが下がって首に垂れ掛かったまま10分ほど馬を走らせた。そののち振り向いて、星空の下で微かにきらめくチキータ渓谷を眺めた。<br>「ペリシテ人の軍隊はイスラエルを迎え撃つべく陣容を整えた。そして彼らが参戦するとイスラエルはペリシテ人の前に打ち負かされた……そしてイスラエルの人びとは衣を引き裂き、打ち負かされたことに大声で泣いて悲しんだ！<sup><a href=\"#fn-24\" id=\"fnref-24\" title=\"「ペリシテ人の軍隊は」から「打ち負かされた」までは旧約聖書のサムエル記第一4:2からの引用。そのあとの、「そしてイスラエルの人びとは衣を引き裂き、打ち負かされたことに大声で泣いて悲しんだ！」というのは聖書の記述とは異なる創作。ペリシテ人は最終的にはイスラエルに敗北することになる。着ている衣を自ら引き裂くというのは、旧約聖書にたびたび出て来る激しい悲しみや嘆きを表す表現\">＊24</a></sup>」<br>「言っとくけど、あいつら俺のコートもビリビリに引き裂いたんだぜ」とビートルが付け加えた。  </p><p>＜了＞</p><section class=\"footnotes\">\n<h2>訳注：</h2>\n<ol>\n<li id=\"fn-1\">\n<p>のちに語られるように、主人公ハナハンはこの「チキータ」からモンタナ州のチヌーク市までの牛の輸送を二日以内に終わらせる計画を立てている。「チキータ」と呼ばれる場所はモンタナ州の中には見当たらないが、コロラド州には Mount Chiquita がある。しかし、仮にこの「チキータ」がコロラド州北端だとして計算しても、チヌーク市までは700マイル以上離れているので、二日間で牛の群れを移動させるのは不可能。したがってこの「チキータ」はモンタナ州のどこかに設定された架空の地名だろう<a href=\"#fnref-1\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-2\">\n<p>チキータ渓谷の農夫たちと牧牛業者たちとの対立関係を、古代におけるイスラエル人とペリシテ人の争いになぞらえている。<a href=\"#fn-6\" title=\"「馬鹿なモルモン教徒ども」への訳注\">訳注6番</a>も参照されたい<a href=\"#fnref-2\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-3\">\n<p>ハッピーハート牧場で働くカウボーイのうち、今回のような牛の輸送に従事するカウボーイのチームに付けられた内輪での呼び名だろう<a href=\"#fnref-3\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-4\">\n<p>暗殺された第25代の大統領ウィリアム・マッキンリーとその跡を継いだセオドア・ルーズベルトの名前を組み合わせたもの。時代はだいぶ後になるが、エラ・フィッツジェラルドによって1938年に歌われた F.D.R. Jones(Franklin D. Roosevelt Jones) という歌があって、当時のアフリカ系アメリカ人がこぞって時の大統領の名前を子供につけた世相を風刺したものとされている。なお、ジョーンズは単にありふれたラストネームとして付けられただけで、特定の個人を指しているわけではない。このウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズも同様の発想に基づいて名付けられたものだと考えてよければ、この人物は熱烈な愛国者、もしくは共和党支持者の親から生まれた子供ということになる。ただし、セオドア・ルーズベルトが広く名を馳せるのは早くても米西戦争で活躍した1898年だろう。したがって、その直後に生まれた子供であっても、この作品が発表された1905年の時点で7歳にしかならない。<a href=\"#fn-6\" title=\"「馬鹿なモルモン教徒ども」への訳注\">訳注6番</a>も参照されたい。参照：<a href=\"https://en.wikipedia.org/wiki/F.D.R._Jones\" title=\"F.D.R. Jones - Wikipedia\">F.D.R. Jones - Wikipedia</a>\n<a href=\"#fnref-4\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-5\">\n<p>モンタナ州ブレイン郡のチヌーク市<a href=\"#fnref-5\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-6\">\n<p>モルモン教徒の伝統では自らを「イスラエルの民」とみなす考えがあるらしい。この小説でたびたび、カウボーイをペリシテ人に、チキータ渓谷の農夫たちをイスラエル人に例える表現が見られるのは、農夫たちがモルモン教徒の入植者だからということになる。参照：<a href=\"https://rsc.byu.edu/reflections-mormonism/israel-mormons-land\" title=\"Israel, the Mormons and the Land | Religious Studies Center\">Israel, the Mormons and the Land | Religious Studies Center</a></p>\n<p>また、チキータ渓谷の住民たちがモルモン教徒からなることをふまえると、先にコンラッド嬢の語った「ウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズ」にまつわる出来事の背景が読み取れる。まず、「牛の大群を率いた一行が道を下りて来た」のが「日曜日の午後」だったということは、すなわち警戒が手薄になっているかもしれない日曜日を狙ったということじゃないだろうか。キリスト教の一派であるモルモン教の信者ならば日曜日に教会へ行くのは自然なことであり、チキータ渓谷の住民たちがみな出払っているかもしれないと淡い期待を抱くのも納得のいくところだ。ウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズは<a href=\"#fn-4\" title=\"「ウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズ」への訳注\">訳注4番</a>で説明した通り、7歳以下の幼児だと推測される。このウィリアム・マッキンリー・ルーズベルト・ジョーンズが自転車に乗っていた、つまり教会に行っていなかったのはまだ洗礼前の幼児だからということだろう。乗っていたのが自転車だったのは、まだ馬に乗れるほど成長していないからに過ぎず、本人は大人たちが教会へ行っているあいだ、自転車に乗ってパトロールをしていたということなんじゃないだろうか。だからこそ、この幼児はチキータ渓谷にとっての敵対勢力である「牛の大群を率いた一行」に遭遇しても、驚いて逃げるどころか逆に追いかけて行ったんだろう。「牛の大群を率いた一行」は自転車に乗った幼児を見て驚いて逃げだしたのではなく、かまわず川の浅瀬を目指して牛を急がせたんだろう。コンラッド嬢の説明が「未亡人のマッコイさんのところの庭」で終わっているのは、つまり浅瀬を含む広い一帯を所有しているマッコイ家の家人などが飛び出して来て「牛の大群を率いた一行」を追い払った、ということなんじゃないだろうか<a href=\"#fnref-6\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-7\">\n<p>牛の群れを先頭で率いる隊長か、もしくはハッピーハート牧場の牧場主を指しているものと思われる<a href=\"#fnref-7\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-8\">\n<p>beetle（ビートル）はカブトムシやテントウムシなどの甲虫の総称<a href=\"#fnref-8\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-9\">\n<p>足を保護する目的でカウボーイがズボンの上から着用する革製の覆い<a href=\"#fnref-9\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-10\">\n<p>ここでなぜプレーリードッグが引き合いに出されるのかという疑問に対して参考になる一節が著者の別の小説 Her Prairie Knight にある。著者はプレーリードッグを単純に可愛らしい小動物だとは考えていなかったようで、第11章において主人公ベアトリスに、プレーリードッグのことを「最もずうずうしくて、やかましい生き物」だと述べさせている<a href=\"#fnref-10\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-11\">\n<p>プリンストン大学のこと。1746年創立の名門<a href=\"#fnref-11\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-12\">\n<p>parrot はオウムの意。オウムのなかには人の声を聞かなければろくに鳴かないものもいる<a href=\"#fnref-12\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-13\">\n<p>エディーという名前が何を指しているのか結論としてはよくわからないが、一つの説を提唱しておきたい。この小説がパルプ雑誌に発表された1905年の時点ですでにアメリカで名声を博していた人物として、腹話術師のハリー・レスター(Harry Lester)がいる。彼は Frank Byron, Jr.という名前の付いた人形で腹話術を演じるとともに、のちに Broadway Eddie という別の人形も使用している。ハナハンが「エディー」という名前を思いついたとき、このレスターの二体目の腹話術の人形のことを念頭に置いていたんじゃないだろうか。この小説の後の場面でバド・マッコイがビートルを前にして doll-face という言葉を使って挑発していることもこの説を保証するもののように思える。また、この小説よりあとに発表されたものではあるけれども、1906年の著者の別の小説 Her Prairie Knight には主人公ベアトリスが腹話術でもってガラガラヘビの鳴く声を真似てみせる場面があって、著者の腹話術に対する関心のほどを覗わせて興味深い。ただし、この説には大きな弱点がある。実はYoutubeにある動画でハリー・レスター本人が腹話術の実演中に自ら「近頃フランクは引退せざるをえなくなって、それでブロードウェイ・エディという新しい人形を手に入れた」と語っている。Wikipedia の The Great Lester のページによればこのテレビ放送は1951年のものらしい。したがって、ブロードウェイ・エディが登場した時期を1905年以前にまで遡るとみなすのは無理があると言わざるを得ない。それでも捨ておくには惜しい説だと思える</p>\n<p>参照：<a href=\"http://www.venthavenmuseum.net/images/galleries/gallery4.html\" title=\"Vent Haven Museum--Gallery 4\">Vent Haven Museum--Gallery 4</a>, <a href=\"https://www.wxpr.org/arts-culture/2021-09-29/the-great-lester\" title=\"The Great Lester | WXPR\">The Great Lester | WXPR</a>, <a href=\"https://www.youtube.com/watch?v=tVmXrz6iAlA\" title=\"The Great Lester Ventriloquist Extrordanaire - YouTube\">The Great Lester Ventriloquist Extrordanaire - YouTube</a>, <a href=\"https://en.wikipedia.org/wiki/The_Great_Lester\" title=\"The Great Lester - Wikipedia\">The Great Lester - Wikipedia</a>\n<a href=\"#fnref-13\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-14\">\n<p>マルコの福音書4-23やルカの福音書8-8などに見られる「聴く耳ある者は聴くべし」というイエスの言葉をふまえた表現だと思われる<a href=\"#fnref-14\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-15\">\n<p>英語では Over the Waves と呼ばれる非常に人気のあったワルツ曲<a href=\"#fnref-15\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-16\">\n<p>牛の群れを率いるカウボーイたちとは別行動で、マッコイ未亡人の屋敷に潜入しているハナハン、ビートル、パロット・ティムの三人のこと<a href=\"#fnref-16\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-17\">\n<p>スクエアダンスのコールのこと。スクエアダンスでは、コーラーと呼ばれる者が、曲に合わせて次つぎと踊り手たちにステップの指示を出し、踊り手たちはその指示に従って臨機応変にステップを変えることになっている。その一つ一つのステップの指示が「コール」<a href=\"#fnref-17\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-18\">\n<p>「ダブルエルボー」「パートナーにシャッセ」「コーナーにスウィング」のいずれもスクエアダンスのコール。スクエアダンスは時代や地域によって実際にコールの指示するステップの内容が異なっていて、正確にこの時代のモンタナで行われたスクエアダンスのコールが何を指示していたのかはよくわからない<a href=\"#fnref-18\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-19\">\n<p>ハナハンの発言にあったように、輸送を担うビッグ・A.J.が引き連れている牛は1200頭。1200頭の牛の蹄は4800。5000から4800を引いた残りの200の蹄が、牛の群れを誘導するカウボーイたちの乗る馬50頭のものだというなら計算が合うことになる。しかし、そこまで大勢のカウボーイを動員しているとは考えられない。「約5000の蹄」ということではないか。参照：<a href=\"https://en.wikipedia.org/wiki/Cattle_drives_in_the_United_States\" title=\"Cattle drives in the United States - Wikipedia\">Cattle drives in the United States - Wikipedia</a><a href=\"#fnref-19\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-20\">\n<p>約1リットル<a href=\"#fnref-20\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-21\">\n<p>バランス、スウィングに始まるカタカナ語はすべてスクエアダンスのコール。正確なところはわからないが、少なくとも「スウィング」は旋回を伴うステップ、「ダブルエルボー」は左右の肘を交互にパートナーと組んで行うステップのようだ<a href=\"#fnref-21\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-22\">\n<p>場面が馬小屋からいつの間にか柵囲いへと変わっている。これは仕切りがあって狭く暗い馬小屋から、隣接する柵囲いへ自然に流れ出たということだろう<a href=\"#fnref-22\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-23\">\n<p>鞍の前方に据えられた突起で、投げ縄をするときにロープの端を巻き付けたり、あるいは乗り手がバランスを取るために手でつかむなどさまざまな用途に用いられる。通常、前方へ鉤状に曲がった形態をしている<a href=\"#fnref-23\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-24\">\n<p>「ペリシテ人の軍隊は」から「打ち負かされた」までは旧約聖書のサムエル記第一4:2からの引用。そのあとの、「そしてイスラエルの人びとは衣を引き裂き、打ち負かされたことに大声で泣いて悲しんだ！」というのは聖書の記述とは異なる創作。ペリシテ人は最終的にはイスラエルに敗北することになる。着ている衣を自ら引き裂くというのは、旧約聖書にたびたび出て来る激しい悲しみや嘆きを表す表現<a href=\"#fnref-24\">↩</a></p>\n</li>\n</ol>\n</section>\n\n<hr>\n<p>原文へのリンク：<a href=\"https://archive.org/details/sim_smiths-magazine_1905-05_1_2/mode/2up?view=theater\" title=\"Smith's Magazine  1905-05: Vol 1 Iss 2 : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive\">Smith's Magazine  1905-05: Vol 1 Iss 2 : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive</a></p>\n\n",
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            "content_html": "<p>著者：B. M. バウワー<br>訳者：望月ともたり  </p><p>　本来ならこのお話を始める前に、あらかじめ読者の方にお断りをしておくことが適切なんじゃないかと思います。まず最初に、自分は幽霊の存在を信じたことなどありませんといったように。幽霊の話をする場合って普通はそういうふうに始めるものだと思うんです。それに、これからお話しすることが事実そのものだということも本来なら言っておくべきなんじゃないでしょうか。でもわたしはこの話をそういうふうに始めたくはないんです。実を言うと、あなた方にわたしの話を信じてもらえるかどうかなんてあまり気にならないし、それにわたしは幽霊の存在をずっと信じていたんです。少なくとも、幽霊というものがサンタクロースよりは信憑性のある存在でいてほしかったし、願わくばいつの日かお目にかかりたいと思っていました。<br>　ジェーンおばさんは──本当はおばさんのことから話し始めるのも嫌なんですが……最初に何か仕出かすのはいつもおばさんです。わたしが思い出せる限り、これまでの人生でずっとそうなんです。だからジェーンおばさんのことから始めるわけにはいきません。わたしがこのお話を書いたことさえおばさんに知られたくありません。きっと変人呼ばわりされるだけでしょう。<br>　すべてはこれからお話しするような形で始まったんです。それでも心得ておいてください。あなたがたがわたしの話を信じるかどうかなんて気にしません。実際にあったことなんです。あなたがたが信じても信じなくても、あれが実際に起こった事実だということに何の変わりもありません。それにわたしにはあの幽霊がこの上なく愛しくて──いえ、やっぱり最初から順を追ってお話しすることにしましょう。<br>　あの日の夕暮れ、わたしたちは小さなヨットで湖を渡ったんですが、その船には「ザ・ニュー・ウーマン<sup><a href=\"#fn-1\" id=\"fnref-1\" title=\"New Woman と呼ばれた当時のフェミニズム思潮を指している\">＊1</a></sup>」という名前がありました。ジャックが名前を付けたんですけど、そのうち納得される方もいらっしゃるかもしれません。あの船はむらっ気がひどくて、風が吹くときは向きを保つのに鼻先<sup><a href=\"#fn-2\" id=\"fnref-2\" title=\"船の舳先のこと\">＊2</a></sup>をつかんでやる男手が必要なんだそうです。ジャックの嫌味ったらしい言い草ときたらまったく。<br>　わたしたちの一行は6人だけでした。ジェーンおばさんにメーベル、いとこのジャック、ゴールドバーン教授、そしてクリフォード・ウィルトン。わたしとクリフォードはとても仲の良い時期だったとは言えませんね。ジェーンおばさんには知られてませんでしたが、わたしとクリフォードは婚約していました。それでも、もうすべてが終わっていたんです。わたしの可愛いルビーの指輪は今や水の底。そう、ウィアー・ポイント<sup><a href=\"#fn-3\" id=\"fnref-3\" title=\"1876年に米軍とインディアンとのあいだで戦闘が行われたリトルビッグホーンの史跡\">＊3</a></sup>を訪れたあと、どこかでクリフォードが投げ捨ててしまったあの日──ええと、これ幽霊のお話でしたね。<br>　船旅は何事もなく無事に進みましたが、それもわたしの帽子が風に吹き飛ばされるまででした。メーベルはそれが偶然の出来事じゃないかのように言ったんです。まるでわたしが自分の髪を見せびらかしたくてわざとやったとでも言いたげで。髪なんて見せびらかしたつもりはないけど、まあ、わたし自身を見せびらかしたことには違いないでしょうけどねって言ったらメーベルが怒り狂っ──腹を立ててしまって。いつものようにわたしがジェーンおばさんに叱られました。どちらの姪っ子が財産を持ってるかおわかりでしょう？<br>　断崖に口を開いた洞窟を散策するため、わたしたちの一行はヨットを降りました。すると、メーベルとクリフォードが恥知らずにもいちゃいちゃし始めたんです。少しも楽しくなかったですね──洞窟のことを言ってるんですよ。ふたりがいちゃいちゃすることは別に気になりませんでした。わたしはとくにゴールドバーン教授に親切に接したので、ジェーンおばさんはわたしのことを愛しい子と二度も呼んだし、ゴールドバーン教授に至ってはわたしへプロポーズをしそうになっていました。そこでジャックが助け船を出してくれたんです。ヨットへ戻るよう全員に声をかけてくれたのは、まさに教授が調子に乗って本題に入ろうとしていたときでした。もちろん、ジャックの呼び声を聞くなり、わたしはすぐに逃げ出しました。あとについてくる教授を尻目にして──教授だろうと何だろうと太った男って大嫌い。<br>　水平線の向こうから嵐の鳴り響く音が近づいて、どんよりくすんだ雲が頭上に覆いかぶさる荒れ模様の天気になりつつあったんですが、まだわたしたちは船を出すことが出来ずにいました。メーベルとクリフォードがぐずぐずして崖下の道を引き返すのに手間取ったからです。バカみたいにふざけあっちゃって！<br>　湖のおもてはガラス細工みたいに滑らかで水はインクのように真っ黒、これが家まで4マイルの道のりを塞いでいるのかと思うと震えが来るほどでした。<br>　ジャックが帆を揚げたんですが、しっかり張れずに垂れ下がってしまうんです。それで仕方なく漕いでヨットを進めるほかなくなりました。ジャックとクリフォードが漕いで、わたしが舵を取りました。クリフォードが一度わたしに話しかけてきたけど無視しました。互いに相手にしないようにしようという決まりになっていたんです。<br>「慎重にヨットを寄せてくぞ。座礁しないように注意しながらあの岬を回って入り江の中に行こう」<br>「そうしなけりゃ……」ジャックは陽気に言ってのけました。「この船が俺たちを湖に放り出しちまうぜ。でもな、この船はきっと俺たちにそんなことはしないはずさ！」<br>　わたしはむしろこの船のせいでわたしたちが色んな目に遭いそうに思いましたが、議論するためにヨットを止めようとはしませんでした。そんな時間はありませんでしたし。どんなふうにしてそういう羽目に陥ったのかはわかりませんが、ジャックの言った通りになりました。ヨットがひっくり返って私たちは湖に「放り出され」ました。<br>　岸から遠くはなかったので、ヨットが転覆したといっても大した問題ではありませんでした。水は浅くて難なく岸まで歩いてたどり着けるほどでしたが、メーベルは助けを求めたんです。それに応えたのはもちろんクリフォードでした。バスタブに水を張った程にもならない浅瀬だっていうのに！　あの女の信じがたいほど馬鹿げた振舞いったらもう！<br>　最初に湖岸までたどり着いてよじ登ったのはわたしで、腰を下ろして風と雨に晒されながらほかのみんなが上陸するのを笑って眺めていました。（メーベルが言うには、わたしは自分の葬式の時にも笑ってるに違いないんだそうです。もしメーベルの葬式があったならば笑うことが出来たんでしょうけど）彼女みたいに大きく成長し過ぎた女（あと1オンス<sup><a href=\"#fn-4\" id=\"fnref-4\" title=\"約28グラム\">＊4</a></sup>で体重150ポンド<sup><a href=\"#fn-5\" id=\"fnref-5\" title=\"約68キログラム\">＊5</a></sup>）が若い男の肩にもたれ掛かってすすり泣きしている様子を想像してみてください！　それに巻き毛が濡れて全部伸び広がったあの頭、水が滴って縞模様に色褪せたあの顔色ときたら……。クリフォードが吐き気を催さなかったのが不思議なくらいです。そうはいっても、男って時どきひどい悪趣味を披露したりするもんです。その頃わたしは自分がとても魅惑的な女だとは思ってなかったけれど、それでもわたしの顔が水に濡れても血色の良さを保てるのはありがたいことですね！<br>　わたしたちが湖岸にたどり着くのと前後して、ザ・ニュー・ウーマンが逆さまの状態になって岸辺に打ち寄せられました。わたしの着古したゴルフ・ケープは、乗船中手放さないようジェーンおばさんに言い付けられていた物なんですが、水際の柳の枝に引っ掛かっていました。ジャックがそのゴルフ・ケープとジェーンおばさんの小さなグレーのショールを取ってきてくれました（おばさんの緑色の傘は二度と見つかりませんでした。いい気味です）。メーベルのセーラーハットはわたしたちが岸辺にいるあいだにさざ波に打ち寄せられてクリフォードが拾いました。<br>　折しもジャックがその辺りに古い小屋があったことを思い出したんです。おかげでわたしたちは、かつては人通りが多かったに違いない小道を発見して、それが森の奥へと通じていることを見て取りました。気が滅入るような道のりを稲光を頼りにしてわたしたちは進んで行きました。<br>　ジャックは先頭に立って進みつつ、朗読を始めました。「それは夜のことだった！　強烈な稲光が天穹をつんざき、震える大地に火の玉を振り落とした。大自然は激動の真っただ中だった！」とか、そんな感じで。「ペニー・ドレッドフル<sup><a href=\"#fn-6\" id=\"fnref-6\" title=\"イギリスで流行した安価な読み物。いわゆる三文小説\">＊6</a></sup>」のひとつから引用したんだと思います。<br>　ちょうどジャックが「激動」という言葉をリズミカルに朗じたとき、教授が木の根っこにつま先を引っ掛けて転んだので、わたしは笑ってしまいました。ジェーンおばさんは今度は「わたしの愛しい子」と呼んでくれませんでした。代わりに「ゼラァアアッ！」ですって。気にしませんけど。ジャックも笑ったんですが、咳をする振りをしてごまかしてました。<br>　わたしたちは小屋を発見したんですが、そこは高く生い茂ったゴボウと自生のバラの茂みによって半ば隠された場所でした。戸口の踏み板は陥没していて、幾度もの夏を経て降り積もった落ち葉で覆われていました。<br>　ジャックがドアを押し開いて、「お化けだ！」と不気味な口調で叫んだのでぞっとしました。でもメーベルがギャーギャーわめいてクリフォードの腕をつかむのを見て、わたしは脇目も振らずジャックの背中を押して敷居をまたぎ中へ入って行きました。<br>　稲光が射し込んでドアの向こうにある大きな古い暖炉を照らし出しました。乾いた焚き木の山が部屋の片隅にうずたかく積まれていて、ほかにある物と言えば、椅子がいくつかとテーブルが一つだけでした。<br>　ジャックが喚声を上げて暖炉の前に躍り出たかと思うと、程なくしてわたしたちは燃え盛る炎で暖を取ることが出来ました。ジャックのマッチが水に濡れていなかったのは驚くべきことです。マッチを収納する箱に大枚はたいたに違いありません。非常識なほど高価だったとジェーンおばさんは言いましたが、あの晩、乾いたマッチを持ち合わせたことを思えばじゅうぶんその価格に見合った買い物でした。湖に浸かったせいで半ば凍えつきそうになっていたわたしたちは暖炉の火に寄り集まりました。長いこと持ち歩いていたわたしの馴染みのゴルフ・ケープが役に立ついい機会だと思い、広げて乾かすことにしました。夏のあいだずっと持ち歩いていたものの、一度も使っていなかったんです。ジェーンおばさんとわたしは濡れた髪を下ろして絞りました。ところがメーベルはたいして髪が濡れてないからと言って、そうしませんでした。それでわたしの心の中の疑問が解けました。ジャックがにやりと笑ったのは、つまりそういうことです。ジェーンおばさんはこの二人をくっ付けようとしてたんです！<br>　ゴールドバーン教授が暖炉の火に背を向けてブヨブヨの手をこすり合わせつつ、色目を使ってわたしのほうを見つめるので気分が悪くなってしまいました。表に出さないようにしましたけど。教授はその時すでに眼鏡をなくしていて、巻き毛だった口髭はもはや伸び切ってしまい、襟はしわくちゃといったありさまだったので、あの愛想笑いがそぐわずに浮いて見えました。100万ドルに値する人物かどうかなんてわたしの知ったことではありません。ただ気味の悪い男だとしか思えません！　わたしはクリフォードが睨みつけてくるのを見るためだけに教授に微笑み返してみせました。でもクリフォードはわたしのほうを見ていません。わたしに背を向けてメーベルに何か囁いているんです。クリフォードであれ、誰であれ、こういう振舞いは失礼です。<br>　そのあとジャックが隣の部屋に何があるのか気になって、というのも二部屋あるように見えていたからなんですが、わたしと連れ立って探索をしに行くことになりました。<br>　そこはかつては寝室だったんだと思います。埃とクモの巣のほかに何もなく、とても狭いので長居するには及びませんでした。ジャックはマッチを一本燃やすだけで済みました。指は二本も焦がしたんですが。<br>　そののち、わたしたちは暖炉の火を囲んで坐り、嵐の音に耳を傾け、お腹が空いてることを意識しないように努めました。昼ご飯のあと何も食べていなかったので大変でしたが。<br>　ジェーンおばさんはジョンおじさんのことが気掛かりで、今頃どれだけ心配しているだろうかと不安な様子でした。でもわたしはむしろ嬉しい気持ちでした。あの朝、おじさんはわたしをひどく叱りつけて、メーベルと違って親切さや品位に欠けていると説教したんです。今頃おじさんが後悔していればいい気味だと願いました。<br>　ジャックはクーン・ソング<sup><a href=\"#fn-7\" id=\"fnref-7\" title=\"当時流行していた、黒人のステレオタイプなイメージの元に作られた音楽\">＊7</a></sup>を歌い、ケークウォーク<sup><a href=\"#fn-8\" id=\"fnref-8\" title=\"黒人発祥の軽快なダンス\">＊8</a></sup>までやりました。わたしも立ち上がってダンスに加わりました。メーベルを動揺させるためです。彼女はケークウォークをレディーが踊るなんてもってのほかだと思っていて、わたしがそういう類のことを始めるといつだっていきり立つんです。<br>　わたしたちへの罰のつもりだったんだろうと思いますが、ジェーンおばさんが教授を促してお得意の微生物の話をやらせたんです。いったん教授の話が始まったあとは誰も出し物を披露したりしませんでした。教授は細菌のおそろしさなどについて延々とおしゃべりをして、大真面目でみんなに向かって断言したんです。古びた小屋には間違いなく不気味な名前を持つ病原菌がはびこっているんだと。こんな男との結婚生活を想像してみてください……うぇっ！<br>　やがてジェーンおばさんが眠りに落ち、クリフォードが塞ぎ込んだ様子で我を忘れて暖炉の火に見入っていた頃、メーベルもまたジェーンおばさんの例に倣って眠りにつきました。わたしは空腹で機嫌を損ねていたので教授の退屈な話をもってしても眠ることが出来ませんでした。<br>　わたしはゴルフ・ケープにくるまり、暖炉の前の古びた肘掛け椅子に身を寄せました。ジャックと教授がそれぞれわたしの両側に、クリフォードは壁際の小さなベンチに腰を下ろしていました。ジェーンおばさんとメーベルは反対側で、クリフォードと向かい合う形になっていたけど、眠っていたのでどうでもいいことです。<br>　ふいに何かの物音に目を覚まされたので、わたしは頑張って目をつむらないようにして姿勢を正して耳を傾けました。荒れ狂う嵐が今もなお小屋の壁に吹きつけているけれども、それとは別の音が明らかに聞き取れます。間違いありません。誰かが隣の部屋で歩き回っているんです。<br>　みんな互いに顔を見合わせて、そのとき初めてわたしは背筋の寒くなるような不気味な感じに囚われました。<br>　クリフォードが暖炉から燃え差しを拾い上げて閉まっているドアに向かって近寄り始めると、わたしたちも後に続きました。戸口に群がったわたしたちの前に見えたのは埃とクモの巣、そしてクリフォードの松明が粗末な壁板に照らし出した踊る炎の影だけでした。こんな小さな空っぽの部屋に何を恐れてるんだろうとみんな自分の過敏な神経を恥ずかしく思ったんじゃないかと思います。<br>　足音は止み、低い天井の上で風と雨の打ち付ける音だけが聞こえました。<br>「風だよ」とクリフォードが言いながら、松明の火を燃え上がらせようと下に傾けました。<br>「屋根の上の枝から雨水が落ちる音だ」と教授は言いました。あの晩、教授が言ったことの中では最も理にかなったものだったと思います。<br>「たぶんネズミさ」とジャックが口をはさみました。「幽霊のはずがない。幽霊ってのは何より物音を立て<strong>ない</strong>って言われてるだろ」<br>　幽霊のことを持ち出したジャックをわたしはきつくつねって、歯をガチガチ震わせながらきっぱりと言いました。<br>「教授、あなたが連れて来た微生物でしょう」<br>　ジャックはクスクス笑い、教授は目をぎょろつかせてわたしを咎めました。<br>　それから全員が暖炉に戻り、ジャックは焚き木をさらに放り込みました。教授は話を続けていましたが、今度はテレパシーとかそういう類のものについてでした。しばらくすると、先ほどと同様に重い規則的な足音が聞こえてきました。わたしはその音が気に入らなかったと言わざるをえません。もっともらしく足音を立てるのに必要な足を持った人影がなく、かといって物音を立てることのできてしまう不気味なほど興味を引かれる幽霊もいないことを思えばなおさらのことです。でも男たちが足音のことを無視しているようだったのでわたしも気にしないように努めました。<br>　ジェーンおばさんが眠っているのを見てジャックはタバコを吸い始めました。クリフォードは暖炉の灰をつついて固め、おかしな形の山盛りにするのに夢中になって額にしわを寄せていました。彼は間違いなく機嫌が悪そうでしたが、怖がったりしているようには見えませんでした。<br>　それからしばらくしてわたしはほんの少しのあいだ目を閉じました。教授の声はまだ大きなハチがブンブン唸るみたいに聞こえていましたが、その時いきなり文の途中で言葉が途切れました。教授にしては珍しいことでした。たとえ妨害されてでも巧妙に一文を締めくくるのにこだわりがあったんです。<br>　わたしはまぶたを開いて教授に目を向けました。口を半ばひらいて恐怖に満ちた眼でわたしの後ろにいる何かを凝視していました。<br>　ねえ、誰かがあなたの<strong>後ろ</strong>のほうをじっと見つめだしたらどんな感じがするかわかるでしょう。たとえ罰としてすぐさま縛り首の刑になるとわかっていても、振り向いて見ずにはいられないものです。<br>　わたしは椅子に坐ったまま振り返りました。そして（ブルブルブル）！　全身が寒気に包まれ、頭皮をチクチク刺すような痛みを覚えました。（髪の毛が逆立ったからなんだろうと思っていますが、ジャックに言わせればわたしの頭はいつだってそんな感じなんだそうです）<br>　ゆっくり部屋を横切ってまっすぐわたしのほうへ近づいて来たのは一人の男……の幽霊、ああもう何だったかわかりません！ 恐怖に怯えながらチラッと目を向けた途端、わたしは肘掛け椅子から飛び上がって床で跳ね、小さなベンチに腰掛けていたクリフォードの元へ体を寄せました。そこにいたのがクリフォードだと気がついたのは彼の腕に触れたときです。あのゴルフ・ケープの中で！（あのありがたい古びたケープをゴミに出すことは決してありません、絶対にです）<br>　わたしが椅子から飛び跳ねるやいなや、それが椅子に滑り込んで来ました。そこに腰掛けたのは、背が低くがっしりした体格で白髪交じりの頭に荒れた手を持つ男でした。目つきはうつろで、まっすぐ暖炉の火を見つめていました。<br>　白状しますが、最初に一瞥した時ほんの少しがっかりしました。わたしはそれまでの人生ずっと本物の幽霊を見たいと願っていたのに、この幽霊は絵になるタイプじゃないし、従来のイメージと似ても似つかなかったからです。何で白いシーツをかぶってないんでしょう？　色褪せたブルーのオーバーオールに赤いフランネルのシャツを着た幽霊なんて！　わたしがそのとき感じた寒気は、実は以前にも経験していました。<br>　例を挙げると、クリフォードに投げ捨てられたわたしの指輪が、湖面に波紋を広げながら沈んでいくのをわたしが見つめていたとき、彼は悔しそうに言ったんです。「女というものへの信頼をなくしたよ」と。まさにそのとき感じたのと同じぞくぞくするような寒気がわたしの背中を這い伝うように流れたんです。あの時よりもっと気味悪く感じたと思います。<br>　全員が麻痺したように坐っていました。少ししてわたしは勇気を振り絞ってクリフォードの顔をチラッと見てみました。すると彼ったらなんとこの状況を楽しんでいるようなんです！　わたしを見下ろした彼の<strong>眼</strong>は微笑んでいました。確信はないけど、口元もそうだったと思います。少しも怖がっているようには見えませんでした。\n　ジャックは間違いなく青ざめた面持ちでした。あとでそう言ったら鼻であしらわれましたけど。教授の顔は巨大な牛脂の塊みたいになってました。<br>　何時間も経過したかのように感じられたあと──たぶん実際には数秒だったんでしょうけど──幽霊が立ち上がって滑るようにしてドアまで戻り、そして姿を消しました。<br>　ジャックが大きく息をして煙草の葉を巻き上げました。手が震えていたせいで手間取ったことをわたしは知ってますけどね。教授は気を取り直して言いました。「主よ、私の魂にご加護を！」言い方がひどくって神への冒涜も同然でした。それから教授は人差し指を上に向けました。<br>「皆さん」と切り出した声は震えて半ば囁くようでした。「われわれはちょうど今しがた、何か常ならぬ、というか驚くべきものを目の当たりにしました」\n「まったくもってその通りだぜ！」と言ったジャックは、肩越しにこっそり見やりながら椅子の縁でマッチをこすりました。<br>「さて」と慌ただしく言葉を続けた教授は、ジャックの落ち着き払った態度にいくらか安心させられたようでした（とはいっても、教授はただ大丈夫な振りをしていただけに違いありませんけど）。「この話題についてあれこれ言う前に、科学的調査のため、われわれが順番にあの、えー、現象について簡潔な記述をしてみることを提案したい。そうすればわれわれの印象がほかの者の意見に影響されてしまうのを避けることが出来る。では、ええと、ご婦人からどうぞ」<br>　ぎこちなく話を終わらせて、教授はわたしに小さな赤いノートと鉛筆を渡しました。<br>「君が目にしたものを簡潔に記述したまえ。何か見たはずだ。それからページをめくってノートをウィルトンさんに渡しなさい」<br>　これは通常まず体験することのない珍しい試みだと思えて、またわたしは周りの人が想像するほど怯えてもいなかったので（クリフォードと仲直りできそうなことがとても励ましになったんです！）、ノートを受け取って書けるだけのことを書きました。<br>　それからクリフォードが気乗りしない様子でわたしのケープの中から腕を引き出して、──この間、彼の腕がずっとそこにあったことを誰も気が付かないことを祈ります──素早く書きなぐるとページをめくってジャックに渡しました。するとクリフォードの腕が──ああ、えっとどうしたらよかったんでしょう？ わたしは手をつねってやろうとしましたが、クリフォードの指に強くつかまれて離してもらえません。そんなわけで、わたしにどうすることが出来たでしょう？<br>　ちょうどその時ジェーンおばさんが震えながら目を覚ましました。<br>「お慈悲を……」とおばさんは言いました。「なんてひどい嵐だこと！」<br>　おばさんはすぐに隣の部屋の足音に気づきました。<br>「おかしいわね」おばさんは振り向いて耳を傾けようとしました。「あれって何の音かしら？」<br>「風だ」教授にしてはぶっきらぼうな言い方でした。<br>「水さ」クリフォードはわたしの指をぎゅっと握って言いました。<br>「ネズミだよ」と応えたジャックの口調は怪しげだったので、いったいどういうつもりで言ってるのか誰にもわかりませんでした。<br>「微生物でしょう」ほかの者たちの簡潔で冷静なコメントに負けじとわたしが締めくくりました。<br>「ゼラ！」ジェーンおばさんが大声をあげて、気遣わしげに教授のほうをチラッと見ました。<br>　教授はわたしを見てため息をつきました。ジャックは胸の前で拍手をしようとして三本足のスツールから危うく落ちかけました。ジャックはゴールドバーン教授が我慢ならないんです。<br>「ゼラ」ジェーンおばさんがわたしに向けて話し始めました。「あなたあの椅子に腰掛けたほうが楽なんじゃない？」（あの幽霊が坐った椅子のことです）<br>「いえ、結構です！」にべなく却下したのは横柄だったかもしれません。でも<strong>あの椅子</strong>にまた坐らせようとするなんて！<br>　ジェーンおばさんは振り返って、ジャックがスツールに窮屈そうに腰掛けていることに気が付きました。（そのときジャックはいつものようにだらしなくしていました。もたれ掛かれる物があるときは、姿勢を正してまっすぐ坐ることが決して出来ない人なんです）<br>「ねえ、ジャック！ クッション付きの肘掛け椅子があるのに坐らないなんて……いったいどうしたの？」<br>「いやあ、別にい何でもないよう」ゆっくり声を伸ばしてジャックが応えます。「母さんがそこに坐ったら？」<br>「そうするわ。この背もたれが垂直の椅子より楽そうだし」と言って、その色褪せたキャリコ生地のクッションに深く腰を下ろしたんです。わたしは恐怖で震えました。<br>　もし赤いシャツを着た幽霊が戻って来たら──まあ、ジェーンおばさんのことだから絶叫するでしょうね。<br>　みんなかなり長い時間もの静かに坐っていたように思えます。わたしが頭をクリフォードにもたれ掛からせてひと眠りしようかどうかと思いあぐねていたまさにその時、彼の腕が注意を促すようにわたしを締め付けました。見ると、あの幽霊が椅子のほうへ滑るように近寄って行きます。どんよりとした目つきは先程と同じように暖炉の火に向けられていました。<br>　ジャックは振り向いて幽霊を見るなり、顔面蒼白になりました。ジャックがこの時怖がっていなかったなんて言い張ってもわたしには通用しません。見ての通りです。<br>　幽霊をじっと見つめてわたしは恐怖に襲われました。大声を上げようとしましたが、思うように舌を動かせずにいると（乾ききっていてどうにもなりませんでした）幽霊があの椅子にたどり着いて──まさにジェーンおばさんの上に坐ったんです！　本当に坐ったんです！　おばさんは少し身じろぎして震えました。<br>「もっと焚き木を火にくべてよ、ジャック」おばさんは言いました。「寒気がするわ」<br>　寒気ですって！　まったく、寒気くらいみんな感じたでしょうよ！　神経の図太いジャックでさえ自分の母親の膝のうえであれが子どものようにあやされてる光景を目の当たりにして身震いしたんです。<br>「母さん！」と叫んだジャックの声はかすれてました（怖くなかったと言い張る男にしてはずいぶんと）。「お願いだからそこどいてよ！」<br>　そうそう、お話はこの時点でどうしても埋まらない空白があるんです。<br>　次にわたしが思い出せるのは、ジェーンおばさんがメーベルのセーラーハットでわたしを扇いでいたこと、ジャックが水でいっぱいの古ぼけたトマト缶を持って、裂け目から水が噴き出るままにわたしのそばに立っていたこと、そしてそのジャックがやけに真剣に見えたことなどです。教授は手をこすり合わせながら言ってました。「主よ、私の魂にご加護を！」と何度も何度も繰り返し。あの男大嫌い！<br>　赤いシャツを着た幽霊は姿を消して、人のいない部屋から足音が聞こえることもなくなりました。<br>　それから夜明けを迎えるまでには1000年かかりました。どの時計も止まっていたのでわたしの個人的な見積もりでそう言ってもかまわないだろうと思います。<br>　さて、幽霊のお話はこれが全部です。夜が明けてどんなふうに帰宅したかを話したらあまりにも長くなってしまうでしょう。森を突っ切って6マイルですよ。ジェーンおばさんと教授はまだ1マイルも進まないうちに蒸気機関みたいにフウフウ息を切らしたりして。ジョンおじさんなんて蒸気船を繰り出してわたしたちの遺留品を捜索していたんですよ。すべて話そうとしたら別の物語がひとつ出来上がってしまうでしょう。わたしには今このお話をするのが精一杯です。<br>　いえ、わたしあの小屋に泊まりに行ってこういう夢を見たんじゃありません。だってあの晩以来のクリフォードの振舞いをどう説明するんですか？　それにあの赤いノートはどうなんです？　あれが幽霊が実在したことの証拠として十分だとわたしは思います。<br>　あの幽霊を見た印象についてはみんな似通ったものでした。ジャックが言った「あの幽霊、髭を剃りたそうにしていたよ」というのは、わたしは気が付きませんでしたけど。教授が書き綴った幽霊の印象はひたすら長ったらしくて意味をなさないものでした。彼が幽霊を<strong>見た</strong>という点を除いて。<br>　ジェーンおばさんには幽霊がまったく見えなかったようです。もし見えていたら恐怖のあまり死んでいたに違いないわと言っています。一部始終をずっと寝て過ごしたメーベルはカンカンに怒っていました。みんなが共謀して幽霊の話をでっちあげて自分をからかっているに違いないとまで言うんです。<br>　メーベルと教授はあのあと同じ日にわたしのもとを去りました。メーベルはもはやわたしの前でまともに振舞えなくなったんです。事実を知った後では──<br>　そうそう、わたしは改めてルビーの指輪をもらいました。ウィアー・ポイント近くの湖底に沈んでいるのとまったく同じものです。そして今やクリフォードは女性への全幅の信頼を取り戻すに至りました。  </p><p>＜了＞</p><section class=\"footnotes\">\n<h2>訳注：</h2>\n<ol>\n<li id=\"fn-1\">\n<p>New Woman と呼ばれた当時のフェミニズム思潮を指している<a href=\"#fnref-1\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-2\">\n<p>船の舳先のこと\n<a href=\"#fnref-2\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-3\">\n<p>1876年に米軍とインディアンとのあいだで戦闘が行われたリトルビッグホーンの史跡\n<a href=\"#fnref-3\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-4\">\n<p>約28グラム\n<a href=\"#fnref-4\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-5\">\n<p>約68キログラム\n<a href=\"#fnref-5\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-6\">\n<p>イギリスで流行した安価な読み物。いわゆる三文小説\n<a href=\"#fnref-6\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-7\">\n<p>当時流行していた、黒人のステレオタイプなイメージの元に作られた音楽\n<a href=\"#fnref-7\">↩</a></p>\n</li>\n<li id=\"fn-8\">\n<p>黒人発祥の軽快なダンス\n<a href=\"#fnref-8\">↩</a></p>\n</li>\n</ol>\n</section>\n\n<hr>\n\n<p>原文へのリンク：<a href=\"https://archive.org/details/sim_mcbrides-magazine_1904-07_74_439/page/120/mode/2up\" title=\"Lippincott's Monthly Magazine  1904-07 Vol 74 Iss 439\">Lippincott's Monthly Magazine  1904-07 Vol 74 Iss 439</a></p>\n",
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